労働者の地位
- 日付
- 1919-6-12(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
資本と労働の調和、是れ今日の経済界に於ける尤も重大の研究題目たり、殊に欧洲の国際会議において労働問題に関する議題が極めて重要視せられつつあるに翻って我邦労働者の地位といえば頗る低級幼稚なるに省み朝野共に愕然として如何にせば我邦の労働状態を改善すべきかの問題より如何にしても之を改善せざる可らずとの自覚に到達するに至れり、移民問題の如きも我邦の労働状態が先ず改善せられずしては到底解決するを得べからざるに似たり、而して労働問題と称するも種々雑多にして国際会議に於ける労働委員会が原則として認めたる彼の九箇条すら我邦としては一も全きものあるなし況んや其他をや、就中何よりも緊切なるは労働者の地位を向上すること是なり、彼の労働は商品に非ずとの主義を世界的に認めしむべしというも意義あることにて要するに労働者の人格を認めて之を取扱うべしというに外ならず、故に国家及び之を使役する所の工場主は労働者の生活を安全に支持すべく賃銀を供給せざる可らず、又労働者の疾病災害を保障するに足る制度を設けざる可らず、又未成年者には義務教育、補習教育を施し、成年労働者にも其必要の智識及…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1919-6-12 の他のソース・他のエントリ
- 日記1919-6-12六月十二日
六月十二日 木 雨 冷気 午前六時半 起床、入浴、朝飧ヲ畢リ、二三ノ来人ニ接シ、 午前九時 波多野 宮相ヲ官舎ニ訪問シテ、日曜学校大会ニ、 小塚原 烈士墳墓保存会ニ、増上寺興勝会ニ対シ帝室ヨリ御下賜金ノ事ヲ請願ス、 十時 事務所ニ抵リ事務ヲ処理ス、 十一時半 内務大臣官舎ニ抵リ、 東京 、 大阪 等、六商業会議所会頭等ト会同シテ労働問題ニ関スル談話ヲ為シ午飧ヲ共ニス、 午後三時 事務所ニ帰リ、 後藤 静香 氏等来訪ス、 午後五時 築地 精養軒 ニ抵リ 小塚原 烈士墳墓保存ノ事ニ付多数ノ同志ヲ会同シテ一場ノ意見ヲ述フ、 金子 堅太郎 、 田尻 稲次郎 、 大倉 喜八郎 氏等ノ人々来会ス夜 十時 散会、帰宅後、新聞紙ヲ一覧ス
詳細 - 年譜1919-6-12第49巻
是日当会、築地精養軒に於て、寄付金募集のため、朝野の名士招待会を開く。栄一出席して感想談をなす。
詳細 - 井深1919-6-12〔大正8年(1919年)6月12日〕
六月十二日(木) 授業如例。 午後二時ヨリ霊南坂教会応接室ニ於テ今回北米諸教派聯合世界運動代表者ドクトルパツトン氏ト会見、ソノ運動ノ趣旨ヲ聞取ル。頗ル大規模ノ運動ナルガ如シ。
詳細
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細