生糸操業休止批判 : 五割操短提唱
- 日付
- 1920-7-26(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
横浜生糸貿易同志会の操業休止決議に対し信州諏訪製糸組合にては二十三日会議を開き其新形式に就き協議の結果絶対に操業休止を為さざる事に決したる趣きなるが製糸家にしては工女の離散其他製糸経済上休業に忍びざる者あるは勿論にして仮説休業を為すにもせよ今日迄継続し来りし生糸事業を如何にすべきかのとの事に想到するに於ては休業の決定を為すが如き事は困難にて糸価の調節上に及ぼす効果は之より以上の方法なしと雖も実行は頗る至難の問題たるべし而して如上糸価の調節上の効果の為めには万難を排し操業中止を実行するに於ては当然の結果として既約品の値段を低下せざる可らざるが如斯は去る大正三年大戦勃発の当時欧羅巴方面は戦争の影響を受けて船舶の不足を告げて輸送の途殆ど杜絶の有様となりたるを理由として商館側より既約品の破談を申込みたる際売込問屋側は松本博士に依頼して研究の結果既報の如き理由を以て何等値段の降下とならず又は協約等を以て其間各売買に相当の値引等はありたるにもせよ大体に於て既約品の授受を了したる歴史に見るも到底破談を為すか又は両者間の其受渡を或期間延期する事は会社に於ても承諾…
言及人物
典拠・外部リンク
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