糸価維持資金低資融通 : 当局も諒解す
- 日付
- 1926-11-6(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
生糸市価維持対策を決定した蚕糸中央会の実行委員今井氏以下約二十名は五日午前九時より各関係当局に対し前記の如く猛運動を開始した会見の内容は既報の如く低利三千二百五十万円以上の融通を要望するもので首相、蔵相、農相、商相は之に対し各相当有望な答えを与えたもので今後の手続きは農相の手許に於て具体案を作成し省議の決定を待って之を蔵相に諮り蔵相の手を経て首相の決裁を経るものである尚農相は大体既報民間側の提案を諒承した模様である尚農相は同省案を作成する上に於て今後蚕糸中央会を通して委員の意見を求める旨を附言していた(東京電話) 当局に陳情 五日蚕糸業者は政府当局を歴訪して左の如き陳情書を提出した 陳情書 大正十二年震火災の大創痍未だ癒えざるにその後引続き糸況不良の為め生糸業者の被る損害甚大なる而して大正十四年末から本年にかけ為替相場急騰の為生糸業者は大正十余年度春挽のみに於てもその損害額一億余万円に達しその心情云うに忍びざるものあり然るに現在糸況の状勢は愈々下落しその停止する所を知らず今にして之が対策を樹て頽勢の挽回を図るに非ざれば製糸家中倒産するも…
言及人物
典拠・外部リンク
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是より先、摂政宮殿下の御成婚を表慶記念せんがため、埼玉県下並に県関係者有志の寄付金及び県費を以て、埼玉会館建設の議決せられ、栄一、埼玉県知事斎藤守圀と共に寄付金募集に尽力す。是日埼玉会館開館式行はれ、栄一出席して祝辞を述ぶ。
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是日栄一、東京を発し埼玉県浦和町に赴き、同地に建設せられたる埼玉会館開館式に出席、祝辞を述べ、即日帰京す。
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是より先、摂政宮殿下の御成婚を表慶記念せんがため、埼玉県下並に県関係者有志の寄付金及び県費を以て、埼玉会館建設の議決せられ、栄一、埼玉県知事斎藤守圀と共に寄付金募集に尽力す。是日埼玉会館開館式行はれ、栄一出席して祝辞を述ぶ。
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是日栄一、東京ヲ発シ埼玉県浦和町ニ赴キ、同地ニ建設セラレタル埼玉会館開館式ニ出席、祝辞ヲ述ベ、即日帰京ス。
詳細 - 井深1926-11-6〔大正15年(1926年)11月6日〕
十一月六日(土) 晴 終日在宅。数回吸入ヲ為シ、咽喉ノ治療ヲナス。 時々揮毫ヲ試ム。
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