焼失生糸損害分担額裁定提示 : 渋沢子其他調停者から五日当業者の各代表を招いで
- 日付
- 1924-5-7(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
焼失生糸問題解決の仲裁者たる渋沢、牧野両子並びに志村氏は五日午前十一時丸の内銀行クラブに今井、佐野、大久保(製糸家側代表)渡辺、原、渋沢、小野、小島、井上(横浜問屋側代表)岡田(輸出商側代表)の諸氏を招き焼失生糸損害分担に就て三氏が作製した別項裁定書を提示しその諒解を求むる所あった、しかして右会合の席上先ず渋沢子は別項勧告書および附記を補足して同日の会合の趣旨並びに焼失生糸問題解決の仲裁役を引き受けた事情並びに今日までの経過に関し大要左の如く述べた 自分は焼失生糸問題のみの解決を以て満足するものでなくこれを解決すると同時に現在における横浜生糸取引の改善を計る必要があると認めその意味の下に志村氏の手で共栄蚕糸界者設立案を作製されたのである、しかして同案は勿論政府の援助に待たねばならぬものであってこれに就てはわれわれ仲裁者がしばしば政府当局と交渉を重ねた、今日までの交渉経過は有□で大体右案に基いて資金の融通を受くるものでない、然るに時期はいよいよ新繭出廻期に接近し資金の融通期も目前に切迫して来たからこの際これを至急解決せねばならない、あえて同案に対…
言及人物
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