偽せ米、百二十万石 : 巧にすり替えて隠匿し不良米を食わした顛末 : 廉米事件八方に拡大す
- 日付
- 1920-2-21(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
廉売米不正事件で各関係者は連日続々警視庁へ召喚され二十日も深川佐賀町の廻米問屋辻仁作召喚され召喚中の山崎繁次郎三宅保之助等と共に重て藤岡武藤山田三警部の取調を受け居れるが前記の者等が丸官印の内米にて如何にして不正行為を働きしやと云うに一昨秋仲小路農相が有力なる廻米問屋深川佐賀町二ノ五十五木村徳兵衛原伊三郎三宅保之助岩崎清七中村富蔵山崎繁次郎辻仁作太田利平等を二回農商務大臣官邸に招致し内地米の指定を依頼したる時辻等は之を奇貨とし他の白米商と結託して全国より約百二十万石を買占め九、十の両月廉売を開始したるが彼等は買い占したる善良の丸官印の内地米は市民に見せず別に所蔵せる所謂「軍鶏も喰わぬ劣悪米」を丸官米なりと詐りて売出し真正の官米は自己の所蔵米として東神渋沢中村三菱其他の各倉庫に隠匿しやがて米価の暴騰するや忽ち高価に売却し一方岩崎は自己の経営せる深川冬木町の共盛精米五十嵐益三郎深川市場組合書記長熊沢友雄と結託し中川隆二に贈賄し多数の伝票を発行せしめて指定商人及他の廻米商人等は伝票を買い集め米を引出して他へ高値に売却し不当の巨利を得しものにて二十日午後…
言及人物
典拠・外部リンク
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詳細 - 年譜1920-2-21第54巻
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