製絨所払下内定 : 毛織業合同進捗各社代表者会合 : [製絨業の合同計画及び千住製絨所払下運動]
- 日付
- 1913-10-3(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目
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説明
日本工業協会なる工業資料調査会の発表に係わる製絨工業合同論に端を発したる製絨業統一問題は第一次行政整理に於て問題の楔子とも云うべき千住製絨所払下問題決定せず第二次整理に譲られたるが為め一時中絶の観ありしが調査会の合同論は日本の製絨業が関税改正後有利なる地位に立ちたるに拘らず各会社間の競争が啻に斯業の発達を阻碍するのみならず有望なるべき対支那毛織物輸出をして依然不振の状態に在らしむるを見て此際統一によりて斯業の発展を計るの要ありと云うに在り各会社亦合同の意ありしより調査会は仲介の任に当りしも前記の如く払下問題の決定を見ざりし為め何等の結果を見るに至らざりしが其後金子子爵は調査会々長として引続き斡旋に努め予て製絨業に関係浅からざる渋沢男亦斡旋する所あり今回政府に於ては第二次行政整理に於て千住製絨所を払下ぐる意あること確実となりしより此程日本毛織会社長川西清兵衛氏出京し茲に東京製絨、日本毛織及び東京毛織物の三社代表者及び金子子渋沢男両斡旋者の会合を見るに至りたるが各会社当事者の間に合同統一の意思あることは敢て今日に始まりたるに非ず従って会社の内には合同…
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