生命保険の発達とその将来について
- 日付
- 1927-3-22(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
大正十五年中に於ける我国の民間生命保険新契約高は件数九十三万九千八百三十七、此金額十二億五千七百万円を算し、年末現在高は件数五百七十九万二千七百七十六金額五十六億五千八百七十三万八千円に達し、前年末現在に比し件数に於て四十一万四千金額に於て五億八千五百万円の各増進に当る更に之を十年前に溯り大正五年の新契約高は三十万千件二億二千九百万円、同年末現在契約高百八十五万千件十一億三千百万円なりしに比較せんか共に三倍強に激増している。 生命保険は生存保険たると、死亡保険たるとを問わず、現在に於る所得の効果を後日に保有するを目的とするものであり、すべての組織が将来を目標に立てらるる、保険思想の発達は文明の進歩に並行すると云わるるは全く此間の理由に基づく、我国に於ても昔は宵越の金を持たぬ事を以て名誉とした時代もあったが、今日は何人も現在の所得を割いて将来の計を立つる為に貯蓄するを恥とするものはなくなった、此結果を如実に反影するものは実に前述の保険契約高の増進によって立証さる。 明治十四年に始めて明治生命保険株式会社が創立されてから、漸次各社の創立となり三十…
言及人物
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