関八州の覇王日本煉瓦 : 天下無敵の良好原土 : 一日一台三万三千個
- 日付
- 1912-7-15(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
武蔵野の昿茫 上野駅を辞して北すること凡そ鉄路三時間、深谷というだに草深き武蔵野の古駅に出でて遥かに東北の天を望めば黒煙天を蔽う数個の煙突を望む、之れなん我国に於ける機械製煉瓦の鼻祖として関東に於ける代表的煉瓦工場として世に歌わるる日本煉瓦の工場である、深谷駅より円太郎馬車の眠たげな喇叭の音に夢を破られて坦途の如き野中道を揺らるるも面白く煉瓦運搬の為に設けられた貨物列車に依って一直線に工場に送らるるも一興、景は移り車は馳せて見る見る関東一の雄姿は眼前に展開せらる 政府保護の時代 日本煉瓦の二十有六年の変遷を叙するには先ず我国煉瓦界の恩人独逸建築学者ビョックマン氏を想起せねばならぬ、夫は明治十九年の事、国会議事堂及諸官街改築の目的を以て臨時建築局なるものが設置さるると共に井上侯之が総裁に任じビョックマン氏は顧問として渡来し我国有数の建築学諸博士の如きは多く氏の薫化に成ったものが多いという、然るに投じの建築用煉瓦は原土うぃ専ら墨田川江戸川の沿岸に仰ぎ土質頗る粗悪なるためビ氏は先事業の第一歩として完全なる機械煉瓦工場設立の急務なるを建議し渋沢栄一…
言及人物
典拠・外部リンク
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