協調会 : 実業家招待
- 日付
- 1919-10-25(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
原首相は二十三日午後五時より永田町首相官邸に協調会第二回寄附金募集の件に関し東京、大阪、京都神戸、名古屋、福岡等各地の実業家並に協調会発起人を招待し晩餐会を開きたるが先ず原首相起ちて 今日の如き時世に於て労資協調会の如き機関の設立を見るに至れるは最も時宜に適したるものにて同時に国家としても必要なれば政府にても能う限りの尽力を為すの義務ありと信じず諸君に於ても此際幸に同会の発達に資せられんことを希望す云々 と述べ踵で渋沢男は 自分は既に実業家を隠退し現在に於ては資本家にも労働者にもあらざる至極好都合の地位に在る自分なれば協調会の為めに尽力せんとするものなれば先ず其資金に関し諸君の援助を仰がざる可らず云々 と述べ終って七時半頃より食卓に就き清浦子の一場の挨拶ありて同九時散会せり尚お近く帝室より御内努金の下賜あるべき由なるが政府に於ても議会の協賛を経たる上明年度より補助金を交付する都合となるべしと当日の出席者は陪賓側高橋蔵相、床次内相、中橋文相、野田逓相、阿部東京、井上神奈川、馬淵京都、宮尾愛知の各府県知事、田尻東京、安藤京都、鹿島神戸の各市長の外左記…
言及人物
典拠・外部リンク
人手で照合した確定エンティティを外部 LOD で参照できます
同日の他の記事
1919-10-25 の他のソース・他のエントリ
関連リソース
言及人物・場所が共通するエントリ
新聞1944-4-21繭・生糸標準価格決る : 繭は九十掛(十五掛引上げ)生糸は千三十八円
詳細
新聞1944-6-3統制会の変貌から全産連、経連の関係微妙 : 経済断層
詳細
新聞1944-6-30学徒動員 工場数と睨合せて運用に機動力 : 軍需・文部省委員視察の結論進言
詳細
新聞1943-5-6三社(三井、三菱、住友)に配合吸収 : 中小倉庫業者企業整備
詳細
新聞1943-5-25雄大規模で推進 : 関門倉庫の整備拡充
詳細
新聞1943-12-3尊農の先覚を偲ぶ : わが国化学肥料製造の濫觴由縁の釜屋堀に記念碑建立
詳細
新聞1942-5-16首脳に適材を据え業態別に十統制会 : 戦時金融強力な自律へ : "金融統制会"全貌
詳細
新聞1942-5-20民族研究所を創設 : 大東亜建設の基本的工作
詳細
新聞1942-5-20共栄圏内各人種の台帳作成 : 民族研究所七月店開き
詳細
新聞1942-5-21「民族研究所」創設 : "共栄圏"民族政策の土台に
詳細
新聞1942-8-22「民族学協会」誕生 共栄圏の振興、発達に寄与
詳細
新聞1942-9-24小売業者資産評価三十種に基準決定 : 商品、什器等は何れも時価
詳細