大阪銀行業発達史 : 驚く可き速度を以て発達しつつある大阪の銀行業
- 日付
- 1913-4-22(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
旧幕時代の金融機関たる掛屋又は両替店の類は大阪が最も発達して居った、彼の鴻池加島等の十人両替店の如きは各地に支店を置いて貸付、預金、或は荷為替の業務を行うて居たのであるが、是等の組織の明治維新の大変革と共に際して殆ど倒れて了った、されば政府では商業の隆盛を計る為には先ず外国貿易を奨励して以て内地産業を振起し、金融機関を完備せしめねばならぬと云う趣旨から明治二年五月に東京、大阪、京都、神戸、大津及び敦賀に八個の為替会社を創立せしめ此為替会社に夫々太政官札を下附して金融事業を営ましめ通商司が之を監督して行った然し当時の人民は太政官札を嫌うて居たので其の流通が思わしからぬから一面からは此為替の流通を計る為めでもあった、其後更に此為替会社に銀券、銭券、金券及び洋銀券をも発行する特権を与えて小札及び銅銭の欠乏に備えて見たが之とて思わしい効果を挙げ得なかったらしい 国立銀行起る 明治五年の十一月に至って国立銀行条例を発布して是等為替会社をして手形類の発行及び金、銀券の発行を禁止したので横浜為替会社を除く外皆倒れねばならぬ破目に陥った、一方政府は国立銀行条…
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