満鮮の鉱山業
- 日付
- 1913-10-11(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
過般東西大学各教授と共に満州及び朝鮮の鉱業を視察したる九州帝国工科大学教授工学博士渡辺芳太郎氏の土産談の一節に曰く 今回の研究旅行は最初和田維四郎博士の発議斡旋に由り成立したるものなるが往復旅程僅かに三十日足らずにして其視察区域は鉄道沿線地中一日に往復を為し得る所に止まりたるが故に何等格別の結果を斉ざす要するに見学旅行に依りて多少在来の智識を確め亦将来の参考に資するを得るに過ぎず然れども強いて見聞の一班を云へば 朝鮮鉱業の将来は甚だ見込あるが如し朝鮮と云うも主に北鮮方面にして其種類は金鉄等の金属鉱物也而して黄海平安二道は最も有望にして其含有せる鉱量は甚だ偉大なるが如し従来朝鮮の鉱業と云えば主に米国其他外国人の手中にありし地の買入等を了り目下産出能力を幾何にするかに就き考究の歩を進め居れる由なれば数年内に堂々たる一大製鉄所の実現を見るに至るべきか原料の鉄鉱は三菱自身の鉱山其他により供給する事となるべきも昨今我邦の資本家に依りて企画所有さるゝ鉱区頗る多きが故に将来は主として我国人に依りて経営される事と成るべし三菱は鎮南浦附近の兼二浦の地を卜として一大…
言及人物
典拠・外部リンク
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