不正手形問題善後
- 日付
- 1913-3-2(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
三井物産不正手形事件に関する被害銀行側の態度は未だ確定するに至らず、愛知銀行にては渋沢男よりの交渉の顛末を渡辺頭取より重役会へ報告したるに止まり岐阜十六銀行にても頭取渡辺甚吉氏未だ帰岐せざるも兎に角半額と云う物産側の申出でに対する銀行側の主張とは非常に懸隔あり殊に同行にては昨年八月以来の利息を計算するも既に一万余円に達し居り仮にニ十三万円の半額とする時は十一万五千円に之に利率を合する時は十二万五千余円の損害となり同行株一株につき四円強の損害となりて株主のためには実に大問題なるより従って態度を決するに至らず何れ渡辺頭取帰岐の上重役会を開き協議せん筈なり又四日市銀行の三輪頭取は帰着したるが同行は他行に先じて解決の急を欲し種々運動する所ありしも物産側の申出でに案外の感あり是れ亦態度決定に至らざるが近く三行の重役等は名古屋に会合して今後の方針態度につき打合会を開きたる上何分の態度を決定するに至るべしと云えり依って被害銀行中愛知銀行の如きは他の銀行と趣を異にし不正手形金三万円を当座預金に振込み物産支店は之を小切手として振出したる等の事実もあれば到底物産側の…
言及人物
典拠・外部リンク
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- 日記1913-3-2三月二日
三月二日 日 晴 寒 午前七時半 起床、入浴シテ朝飧ヲ食ス、後、島田町修養団員 大井 、 池田 二氏ノ来訪ニ接シ、 本月廿三日 同地ニ開催スル支部会出席ノ事ヲ約ス、 静岡 市長等ヨリノ書状アリ、新 日本 社 安本 氏来リ事物改進ニ関スル意見ヲ問ハル、三四ノ説ヲ述フ、電報通信社 上田 碩三 氏来リ 朝鮮 経営ニ関スル歴史ノ質問アリ、十一年以来ノ経歴ヲ略述ス、 土居 修策 氏近日 欧洲 行ニ付告別トシテ来話ス、 安部 子爵、 望月 久要 二氏来訪セラル、 古仁所 豊 氏来リ 武之助 修学上ニ付種々ノ協議ヲ為シ、向後 王子 ニ於テ完全ノ学友ヲ得テ修学セシムル事ト定メ其手続ヲ定ム、 竹田 政智 氏来話ス、 武之助 学友 下川 芳太郎 氏ニ委嘱センタメ 古仁所 氏ニ書状ヲ 托ス、夜飧後、新聞紙雑誌類ヲ通覧ス
詳細 - 井深1913-3-2〔大正2年(1913年)3月2日〕
三月二日(日) 午前、礫川伝道教会ニ於テ説教シ、聖餐ヲ守リ、且ツ委員二名ニ教会ノ政治、長老ノ職務、小会ノ事務等ニ付話ヲナス。 石原氏方ニテ午餐ヲ喫シ、渡邊、真野及渋谷ヘ廻リ、真澄入院中ノ答礼ヲナス。 荒川千代子ヨリ親展書達ス。容易ナラザル心配ノ様子ナレトモ、ソノ意味判然セズ。何カ神経ヲ起シタルニハアラザルヤ。
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