共栄蚕糸会社案を修正し低資借入交渉と決す : 製糸家と横浜問屋の妥協つく : 志村氏斡旋を拒絶
- 日付
- 1924-5-19(day)
- 渋沢関連
- ○ 渋沢栄一に直接関わる項目

説明
過般焼失生糸の損害分担に関する裁定書と共に調停者から提示された勧告案としての共栄蚕糸会社案は既報の如く横浜問屋側が容易に 賛否の態度を決定し兼ねるとの理由でそのまま留保せらるることとなったがさりとて何等かの方策を講じない限り政府より低利資金の供給を仰ぐことが出来ないので製糸家側はこの際賛成者だけでも糾合して取急ぎ共栄蚕糸会社を実現せしめようと焦慮し横浜問屋側と種々懇談を重ねていた、その結果同会社案に対し問屋側でこれまで非常に懸念して居った二三の点に修正を加えることに意見がまとまったので渋沢義一氏外七名の問屋側及び今井五介氏外三名の製糸家側委員は十七日午後二時兜町の事務所で渋沢子爵に会見し製糸家問屋 相談の結果「生糸荷為替金として問屋の立替描くと銀行融通額との差額は一梱二百円平均と見積りこれが償却方法は年々一梱に付き二十五円づつ払い込み共栄蚕糸会社案通り八ケ年賦で完済しその取立ては問屋製糸家協議の上同会社に取扱わしむることその他問屋使用人の失業救済、前貸資金償還方法等を考慮し適当に勧告案を修正成立せしむることに互に妥協した」旨を報告し今後共引続…
言及人物
典拠・外部リンク
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