渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20006m-0175

一月十九日

日付
1922-1-19(day)

説明

一月十九日 半晴 暖 午前七時 起床、入浴シテ、朝飧ヲ食ス、今日当地ヲ発シテ、コレヤ丸ニ便乗帰朝ノ筈ナレハ、朝来、 原田 助 氏、 奥村 多喜衛 氏来リ朝飧ヲ共ニシテ各自ノ関係事務ニ付将来ノ事ヲ談ス、 原田 氏ニハ帰京後日米関係委員会ノ決案ニヨリ更ニ同氏ノ尽力ニ待ツヘキ事ヲ約シ、 奥村 氏ハ従来ノ経営ヲ専心継続スヘキ事ヲ訓示ス、其他告別ノ為メ来訪者頗ル多シ、 布哇 知事モ亦自ラ来リ告別ス、 午前十一時 一学校ニ抵リ生徒ノ運動ヲ一覧ス、更ニ一倶楽部ニテ開催ノ汎パシヒツク協会ニ出席シ、 徳川 公爵カ 華府 ヨリ帰路臨席セラルルニ会シ、共ニ一場ノ演説ヲ為ス但、午飧ノ食卓ニ於テナリ、畢テ 矢田 氏ノ接見会ニ出席シ、来会者数百名ニ握手ス、 午後五時 頃コレヤ丸ニ抵リ船室ヲ定ム、本船ニ来リテ送別スル者頗ル多シ、 午後六時 出帆ス 夜ニ入リテ船中旅行ノ人トナル、航行頗ル平静ナリ

現代語訳

午前七時、起床し、入浴して朝食をとる。今日は当地を出発し、コレヤ丸に便乗して帰国する予定であるため、朝から原田助氏、奥村多喜衛氏が来訪し、朝食を共にして、それぞれの関係事務について今後のことを話し合う。

原田氏には、帰京後、日米関係委員会の決定により、さらに同氏の尽力を仰ぐべきことを約束し、奥村氏には、従来の事業を専心継続するよう訓示する。その他、告別のための来訪者が非常に多い。ハワイ知事もまた自ら来訪して告別する。

午前十一時、ある学校に行き、生徒の運動を一覧する。さらに、あるクラブで開催された汎パシフィック協会に出席し、徳川公爵がワシントンより帰路に臨席されるのに会い、共に一場の演説を行う。ただし、昼食の食卓においてである。

終わって、矢田氏の接見会に出席し、来会者数百名と握手する。

午後五時頃、コレヤ丸に着き、船室を定める。本船に来て送別する者が非常に多い。

午後六時、出帆する。

夜になって船中旅行の人となる。航行は非常に平穏である。

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一月十九日 半晴 暖

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