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日記DiaryEntryDKB20003m-0018

一月十八日

日付
1918-1-18(day)

説明

一月十八日 金 晴 寒 午前八時 起床スルモ喘息ニテ入浴ヲ得ス、洗面シテ病褥ニ起臥シ、来客ヲ謝絶ス、朝飧ヲ病褥中ニ食シテ 塩見 政治 氏ノ遺稿タル吾半生ト題スル冊子ヲ閲覧ス、同氏ノ出身以来其意志ト経歴トヲ詳記シタル一書ナリ、就中理化学研究所設立ノ挙ハ真ニ時機ニ適スル快挙上言フヘシ蓋シ同氏ノ生前ニ於テ余ノ揮毫ヲ企望シ、且、余ノ処世ニ付テ私淑スル処アリタルニ付、墓碑ノ撰文及揮毫ヲ余ニ請フトノ事ヲ其親戚ヨリ 野口 弥三 氏ヲ介シテ申出タルニヨリ、近日撰文セント欲シテ自叙伝タル一書吾カ半生ヲ閲覧セルナリ 午飧後、 堀井 医師来診ス 終日褥中ニ在テ読書又ハ人ヲシテ新聞紙雑誌類ヲ読マシム (欄外) [ 大日本人造肥料会社 ヨリ招宴ノ約アリシモ病ヲ以テ之ヲ謝絶ス

現代語訳

午前八時

起床したが、喘息のため入浴できず、洗面して病床で起きたり横になったりし、来客は謝絶した。朝食を病床でとり、塩見政治氏の遺稿である『吾半生』と題する冊子を閲覧した。同氏の出身以来の意志と経歴とを詳しく記した一書である。

なかでも理化学研究所設立の挙は、まことに時機に適した快挙と言うべきである。思うに同氏は生前、私の揮毫を希望し、また私の処世について私淑するところがあったため、墓碑の撰文および揮毫を私に請いたいとのことを、その親戚から野口弥三氏を介して申し出てきた。そこで近日中に撰文しようと思い、自叙伝である『吾が半生』を閲覧したのである。

昼食後、堀井医師が来診した。

終日、床の中にいて読書をし、また人に新聞紙や雑誌類を読ませた。

(欄外)

大日本人造肥料会社より招宴の約束があったが、病気のためこれを謝絶した。

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見出し

一月十八日 金 晴 寒

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