渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20003m-0019

一月十九日

日付
1918-1-19(day)

説明

一月十九日 土 寒強シ 少ク曇ルモ雨ニ至ラス 午前八時 起床、洗面シテ病牀ニ起臥ス、朝飧後、新聞紙雑誌類ヲ読マシム、此日ハ 血洗島 ナル諄信院ノ年忌ナルニ付、往弔ノ筈ナリシモ病ノ為メ之ヲ果スヲ得ス、 兼子 及他ノ同族ヲシテ参会セシム、事務所ヨリ 中野 ヲ呼来リテ褥中慶喜公伝ヲ読マシム、 午前十一時 頃ヨリ夜ニ入ルマテ之ヲ継続シ、時々重要ノ所ニ於テ自ラ再読ス、 午後七時 兼子 及家族ノ数名 血洗島 ヨリ帰京ス、共ニ夜飧シテ地方ノ状況ヲ聴ク、夕方 堀井 医師来診ス 午前 諸井 恒平 氏来リ煉瓦会社ノ事ヲ談ス、 粕谷 氏ヨリ申出タル学校補助ノ事ヲ協議ス

現代語訳

午前八時、起床。洗面して病床で過ごす。朝食後、新聞や雑誌類を読ませる。

この日は血洗島で諄信院の年忌があるため、弔問に行く予定であったが、病気のため果たせず、兼子および他の同族を参会させる。

事務所から中野を呼び寄せ、寝床の中で『慶喜公伝』を読ませる。午前十一時頃から夜に入るまでこれを続け、時々重要な箇所では自ら読み返す。

午後七時、兼子および家族の数名が血洗島から帰京する。共に夕食をとり、地方の状況を聞く。夕方、堀井医師が来診する。

午前、諸井恒平氏が来訪し、煉瓦会社のことを話す。粕谷氏から申し出のあった学校補助の件を協議する。

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見出し

一月十九日 土 寒強シ 少ク曇ルモ雨ニ至ラス

言及場所

IRI:https://shibusawa.or.jp/lod/diary/entry/DKB20003m-0019

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