渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20008m-0022

一月二十二日

日付
1925-1-22(day)

説明

一月二十二日 木 快晴 寒 午前八時 起床、直ニ入浴シテ、朝飧ス、昨夜ヨリ 兼子 腹部ノ持病発作アリテ苦悶ノ状強ク、種々ノ手当ヲ為スモ適当ノ器具ナキヲ以テ、 小田原 及 熱海 等ニ特ニ人ヲ馳セテ之ヲ得ルニ勉ム、 十時 頃 熱海 ヨリ器具到着シタレハ之ヲ使用シテ直ニ軽快ヲ覚ユ、一昨日来 東京 各方面ヨリノ来書ニ回答スル為メ覚書ヲ作リ、 東京 事務所ヨリ電話セシムル事トシ、右廉書ヲ作リテ午前当地ヲ発シテ帰京スル 阪谷 希一 ニ托ス、同氏ハ 十一時 過客舎ヲ発シテ帰途ニ就ク 蓮沼 門三 氏ハ朝来辞去ス、依テ修養団ノ将来ニ付種々注意ヲ為ス、 東京 ヨリ人来ル、但、昨夜ノ電話ニ応スルナリ、但、持来リシ器具ハ既ニ当地ニテ便ヲ得タルナリ 銀行集会所 井口 氏ヨリ寄セ来リタル通信録記載ノ記事原稿ハ今日ヨリ修正ニ努ム、 阪谷 男爵ヨリ書状来ル、又、 窪田 静太郎 氏ヨリ来書、中央社会事業協会ノ事ヲ報シ来ル、 溝部 義臣 氏来リ労働自治会ノ事ヲ依頼セラル、近日 赤根 氏ナルモノト来報《(訪)》ノ由申出ラル、依テ協調会ニ紹介スヘキ事ヲ答ヘ置ク、貧学生援助ノ件ニ付来請アリシ[ ]《(原本欠字)》ニハ即時ノ応諾ハ差支ノ旨答ヘ遣ス

現代語訳

午前八時、起床。すぐに入浴して、朝食をとる。

昨夜から兼子の腹部の持病が発作を起こし、苦悶の様子が強かった。種々の手当てをしたが、適当な器具がなかったため、小田原および熱海などへ特に人を走らせ、入手に努めた。十時頃、熱海から器具が到着したので、これを使用すると、すぐに軽快を感じた。

一昨日以来、東京の各方面からの来書に回答するため覚書を作り、東京事務所から電話させることとした。その箇条書きを作って、午前中に当地を発って帰京する阪谷希一に託した。同氏は十一時過ぎ、客舎を発って帰途についた。

蓮沼門三氏は朝来て辞去した。そこで、修養団の将来について種々注意を与えた。

東京から人が来た。ただし、昨夜の電話に応じたものである。ただし、持参した器具は、すでに当地で都合がついていた。

銀行集会所の井口氏から寄せられた、通信録に記載する記事原稿は、今日から修正に努める。

阪谷男爵から書状が来た。また、窪田静太郎氏から来書があり、中央社会事業協会のことを報告してきた。

溝部義臣氏が来て、労働自治会のことを依頼された。近日、赤根氏という者と来訪するとの申し出があったので、協調会に紹介すべきことを答えておいた。

貧学生援助の件について依頼してきた[原本欠字]には、即時の応諾は差し支える旨を答えて送った。

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見出し

一月二十二日 木 快晴 寒

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