渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20007m-0050

三月一日

日付
1923-3-1(day)

説明

三月一日 木 晴 軽寒 午前八時 起床、入浴シテ、朝食ス、畢テ 八基村 ヨリ来訪セル村民二十余名ヲ晩香廬ニ招致シテ茶菓ヲ饗シテ一場ノ談話ヲ為ス、且、農村ノ改善ニ付農事ニ対シテ学理応用ノ必要ヲ説示ス、後、 東京 市ニ組織セル織物組合ノ発刊スル雑誌記者ニ面話ス、又、南満会社技師 斎藤 三三 氏ノ来訪アリ、製鉄事業ヲ談話ス、其辞去後、来状ヲ点検シ、日記ヲ編成ス、午飧後、 兜町 事務所ニ抵リ、書類ヲ点検シ、又、来人ニ接見ス、 午後四時 銀行倶楽部 ニ抵リ日曜学校会堂建設ニ付寄附金勧募ノ事アリ、 小崎 弘道 、 今村 氏及米人 コールマン 氏等ト共ニ曾テ案内状ヲ以テ招集シタル人士ニ対シテ日曜学校会堂建築ニ至リタル理由ヲ演説シテ其賛成ヲ求メ、一同大体ヲ承諾ス、依テ他日寄附ヲ乞フヘキ見込ヲ以テ請求スヘキ事ト定メテ散会ス 午後五時半 ヨリ国際聯盟協会理事会ヲ開キ要務ヲ議ス、又、同会ニ於テ開催セル国際聯盟会保健主任医員英国人 ホワイト 博士、米国人 スミス 両氏ノ歓迎会ヲ同倶楽部ニ開催シ、其司会者トナル、食卓上一場ノ挨拶ヲ述ヘ、食後談話室ニテ両氏ノ講演アリ、 宮島 氏通訳ス、終ニ一場ノ謝詞ヲ述ヘテ更ニ種々ノ歓談アリテ 九時半 過散会、帰宅ス

現代語訳

午前八時、起床。入浴して朝食をとる。食後、八基村から来訪した村民二十余名を晩香廬に招き、茶菓をもてなして一場の談話を行った。また、農村の改善について、農事に学理を応用する必要があることを説いた。

その後、東京市で組織された織物組合が発刊する雑誌の記者と面談した。また、南満会社技師の斎藤三三氏が来訪し、製鉄事業について話した。氏が辞去した後、来状を点検し、日記を整理した。

昼食後、兜町事務所に行き、書類を点検し、また来客に面会した。

午後四時、銀行倶楽部に行く。日曜学校会堂建設について寄附金勧募の件があり、小崎弘道、今村氏および米人コールマン氏らとともに、かつて案内状で招集した人々に対し、日曜学校会堂建築に至った理由を演説して賛成を求めた。一同は大体これを承諾したので、後日寄附を願う見込みで請求することに決め、散会した。

午後五時半から国際連盟協会理事会を開き、重要事項を協議した。また同会で、国際連盟会保健主任医員である英国人ホワイト博士、米国人スミス両氏の歓迎会を同倶楽部で開催し、その司会者となった。食卓で一場の挨拶を述べ、食後、談話室で両氏の講演があり、宮島氏が通訳した。最後に謝辞を述べ、その後さらに種々歓談して、九時半過ぎに散会し、帰宅した。

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三月一日 木 晴 軽寒

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