渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20006m-0140

十一月二十八日

日付
1921-11-28(day)

説明

十一月二十八日 月 曇 寒 午前七時半 起床、入浴シテ、朝飧ヲ食ス、後、 頭本 氏ヲシテ 華府 添田 氏ヘ電報シテ来紐ヲ促ス、蓋シ華府会議ノ件ニ付本邦ヘ急電スルノ必要アリテ其事ヲ議スル為メナリ、 午前十一時 肖像画師ノ家ニ抵リ《(ル)》、 堀越 氏同伴ス、 十二時 過宿《(帰脱)》、更ニ 頭本 氏ト共ニ ハミルトン ・ ホルト 氏ノ午飧会ニ出席ス、余ト共ニ賓主十一名、何レモ宗教家、学者等ノ会合ナリ、食事前後ニ於テ余ノ近状又ハ我邦カ 米国 ニ望ム要項等種々ノ問答アリテ共ニ興ニ入リタリ、後、 ギユリツク 氏ノ事務所ヲ訪ヒ日米関係委員会ノ事ヲ談シ、午後、書類ヲ調査ス、夜 七時 高峰 博士ノ招宴ニ応シテ日本人会ニ抵リ日本料理ノ饗宴ヲ受ク、食後、和洋各種ノ余興アリ、食卓上一場ノ謝詞演説ヲ為ス、夜 十一時 帰宿ス 添田 氏 華府 ヨリ来ル、直ニ本邦発電ノ事ニ協議ヲ開キ、明朝決行ノ事ヲ約シテ就寝 (欄外) ■■[img図]〓■ 午前十時 モツト 氏 ヒツシヤー 氏来話ス、 モツト 氏トハ曩ニ 基督教青年会 ニ対スル寄附金ノ件及 西比利亜 地方援助ノ件ニ付、種々ノ談話ヲ交換セリ 此日霊魂不滅ニ関シ又ハ基督教信仰ニ付、種々ノ談論アリ

現代語訳

午前七時半、起床。入浴して朝食をとる。

その後、頭本氏に、ワシントンの添田氏へ電報を打たせ、ニューヨークへ来るよう促した。ワシントン会議の件について日本へ至急電報を送る必要があり、そのことを協議するためである。

午前十一時、肖像画家の家に行く。堀越氏が同伴した。

正午過ぎに宿へ帰り、さらに頭本氏とともにハミルトン・ホルト氏の午餐会に出席した。私を含めて主客十一名で、いずれも宗教家、学者などの会合であった。食事の前後に、私の近況、またわが国がアメリカに望む要項などについてさまざまな問答があり、互いに興味を深めた。

その後、ギューリック氏の事務所を訪ね、日米関係委員会のことを話し合った。午後、書類を調査した。

夜七時、高峰博士の招宴に応じて日本人会に行き、日本料理の饗宴を受けた。食後、和洋各種の余興があり、食卓で一場の謝辞の演説をした。

夜十一時、宿へ帰る。

添田氏がワシントンから来た。直ちに日本へ電報を発する件について協議を開き、明朝実行することを約して就寝した。

(欄外)

午前十時、モット氏、ヒッシャー氏が来訪して話をした。

モット氏とは、先にキリスト教青年会に対する寄附金の件およびシベリア地方援助の件について、さまざまな談話を交わしていた。

この日は、霊魂不滅に関すること、またキリスト教信仰について、さまざまな議論があった。

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見出し

十一月二十八日 月 曇 寒

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