渋沢栄一 LOD ビューア

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1919-07-13

◆ 4ソース横断日記 1年譜 1井深 1新聞 1
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高等商業学校午後一時問題東京視察

日記 (1)

DKB20021m-0168詳細

十三日

十三日 (日) 午前八時 水谷 清 氏来約( アスカ山 ) 午前九時 東京 市養育院ヘ御出向 午後一時 時局問題研究茶話会( 東京 高等商業学校) 午後三時 諸橋 轍次 氏渡支ニ付送別会( 飛鳥山邸 )

水谷清諸橋轍次東京飛鳥山邸

年譜 (1)

DK470060k詳細

是日、東京高等商業学校講堂に於て、当協会主催学術講演会挙行せらる。栄一出席して労資問題につきて演説をなす。

是日、東京高等商業学校講堂に於て、当協会主催学術講演会挙行せらる。栄一出席して労資問題につきて演説をなす。

第47巻p.259-p.260

井深 (1)

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〔大正8年(1919年)7月13日〕

七月十三日(日) 花子、午前十一時半出立、午後一時上野発ノ列車ニテ旭川ニ向フ。 午後、沼澤ヲ訪問シタルニ、腸カタルノ由ニテ平臥シタリ。但快方ノ由ナリ。依テ自ラ木下病院ヲ視察スベク往キ、ソノ不潔不浄言語同断、実ニ一ノ伏魔殿ナリ。何故ニ警察ガ之ヲ不問ニ置クカ不可思議千万ナリ。到底女患者抔ノ一日モ堪ユル所ニ非ズ。 帰途、塗鉢盆、用紙等ヲ整ヒ、単衣二枚ト共ニ八重子方ニ遣ス。 夜ニ入リ、木下病院ノ実際ヲ同人ニ認メ送ル。

井深八重井深花子

新聞 (1)

0100065332詳細

長島氏土産話 : 戦後の世界金融市場は英国より米国に移らん

十一日午後五時から築地精養軒で長島隆二氏帰朝歓迎会が開かれ野田逓相、田、渋沢、阪谷各男爵、松室前法相、大岡下院議長、遠山翁、有松英義氏等各政党から会するもの四百余名、長島氏は視察感想を述べて「英国は米国を経済上に圧倒せんとしたが不成功であった、英国に対してはその経済状態が甚だしく悲観すべきものの如く思惟されているが単に債権債務から見れば債権百三十億に対し債務は八十九億に過ぎぬから決して悲観すべきでない、英国は今日まで世界金融の中心地であったが今後も戦後の恢復を図るにはその維持が緊要であるとて努力している一方紐育は世界相手の貸金市場で将来は世界金融の中心地は紐育と自覚しているのみならず一般も斯く認めているから英国としては戦後金融市場の移動はその国力発展の死活問題であって却々大変だ、だが現在の状勢にて推移したならば紐育に勝を占められはすまいが更に今回の講和に就いて稽うるに英国保護の下に海洋の自由が許されなかったとは頗る遺憾である、連盟に至っては全く骨抜となっている、連盟によって自立の力なき小国が蜂起したことは今回の大戦がバルカン半島の小国より惹起した…

渋沢栄一