渋沢栄一 LOD ビューア

タイムライン

1919-04-19

◆ 2ソース横断井深 1新聞 2
表示範囲:渋沢栄一関連のみ (2)全項目 (3)既定では、同時代の日記(黒田・井深・久米・捃拾帖)は渋沢栄一が登場する項目のみ表示します
共通キーワード (複数ソースに登場)
出席員会

井深 (1)

d100310_ht000880詳細

〔大正8年(1919年)4月19日〕

四月十九日(土) 午後一時ヨリ植物園ニ於ケルミスミリケン在職卅五年祝賀会ニ出席ス。友人生徒相会スルモノ三四百名、盛会ナリキ。金時計ト金三千円ヲ同嬢ニ贈呈シタリ。 教会同盟常務員会ヲ開キ、同時ニ松野幹事ノ渡米ヲ送ル。

ミリケン松野菊太郎

新聞 (2)

0100150176詳細

起たざる可からず第三者の必要 : 我が労働問題解決法は斯の如くして進捗中也

過般床次内務大臣を中心に徳川大岡の貴衆両院議長清浦枢府副議長渋沢男等が労働問題解決のため天下の富豪有志より一千万円以上の寄附金を募集して労働保険的の社会事業を起す計画について衆議院内に第一回の会合を催し目下此計画を具体的に進捗せしむべき諸種の材料を蒐集中であると云う、右に就き大岡衆議院議長は曰く「未だ基金を何程となすべきやと云う所まで進んだ話になっていない、済生会の一部の事業としては如何と云う説もあったが労働問題と救貧事業とは全然 区別の存することで現在後者を主としてやっている済生会の事業を拡張する位では物足らぬと思う、さりとて資本家と労働者とが疎隔反目している訳ではないから此間の調和を図ると云っても語弊がある畢竟資本家と労働者との間が将来に亘って和合を期するため我国の現状に適応した社会事業を起す計画と云ったらよいかも知れぬ、兎角 資本家の側から金を出して資本、労働の調和などと云うと労働者の立場にある側から資本家の手先のように誤解される虞があり、そうかと云って寄附金を全部労働者の団体に委せるようなことにしては資本家の誤解を招くからなかなか六かしい…

渋沢栄一
0100319460詳細

講和会議の大勢を動かすべく : 国民の輿論喚起を叫び奮然と決起した二団体 : 温和派は政府を鞭撻すべく過激派は内閣を更迭すべく : 政界の大問題たらん

巴里の講和舞台が面白く無い殊に日本の役者が歯痒い程拙い、此際国民の輿論を喚起しようと奮然決起して大運動を始める者が出て来たが此運動が過激と温和の二派に分かれている、温和派は政府鞭撻の旗標にと来る二十六七日頃精養軒で国民大会を開くに決し 具体的の事は十九日東京麹町清水谷公園内に開く委員会で決する筈であるが同大会発起人其他関係者は 【貴族院】大木、柳原両伯、鎌田栄吉、菅原通敬、杉田定一の諸氏 【政友会】小川平吉、中村啓次郎、政尾藤吉、小久保喜七諸氏 【憲政会】小寺謙吉、大津淳一郎、小泉又次郎、大竹貫一、田中善立諸氏 【国民党】関直彦、古島一雄、鈴木梅四郎諸氏 【新政会】秋田清、坂本金弥二氏 其他副島義一博士、頭山満氏等も加わり来賓としては大隈侯 板垣伯、加藤子、渋沢、阪谷両男を始め有力者の出席を促している座長は多分杉田老で国際連盟其他面倒の事は後廻して単独平和条約の締結を先にしようと云う決議をなし此決議を講和委員に打電し原首相、内田外相並に外交調査委員等に示す予定であるが右発起人其他の中には強い態度を持しているものもある議論沸騰穏かなら…

渋沢栄一