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日記DiaryEntryDKB20005m-0051

二月二十日

日付
1920-2-20(day)

説明

二月二十日 金 半晴 寒 午前八時 起床、入浴、朝飧例ノ如クシテ、後、演説筆記ノ修正ニ勉ム午飧後、協調会参事 高橋 豊太郎 氏来リテ本会基金ノ利殖方法ヲ談シ、諸仕払ニ付テ証印ヲ需メラル 白岩 竜平 氏ヨリ来書アリ、 橘 氏 支那 行ニ関スル消息ヲ報シ来ル、又、明 廿一日 日華学会ニ於ル会同ノ事ヲ告ケ来ル、 松井 錦橘 氏ヨリ書状ニテ 十五日 ノ慰問会ニ出席ノ謝詞ヲ申越ス 夜ニ入リテ 正雄 東京 ヨリ来リテ富士製鋼会社ニ関スル談話アリ、又、同族会社ノ事ニ付テ種々ノ提案アリ、夜 十二時 過就寝 (欄外) [午前、新聞紙ヲ一覧ス、夜ニ入リテ 第一銀行 株主総会ニ於ル演説筆記ノ修正ヲ終了ス

現代語訳

午前八時起床。

入浴し、朝食をいつものように済ませた後、演説筆記の修正に努めた。

昼食後、協調会参事の高橋豊太郎氏が来訪し、本会基金の利殖方法について話し、諸支払いについて証印を求められた。

白岩竜平氏から来書があり、橘氏の支那行きに関する消息を知らせてきた。また、明二十一日に日華学会で行われる会合のことを告げてきた。

松井錦橘氏から書状があり、十五日の慰問会に出席したことへの謝意を申し越してきた。

夜になって正雄が東京より来訪し、富士製鋼会社に関する話があった。また、同族会社のことについて種々の提案があった。

夜十二時過ぎ就寝。

(欄外)

午前、新聞紙を一覧する。夜になって、第一銀行株主総会における演説筆記の修正を終了する。

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見出し

二月二十日 金 半晴 寒

言及場所

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