渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB10012m-0059

四月七日

日付
1904-4-7(day)

説明

四月七日 晴、 午前六時半 起床、朝飧後新聞紙ヲ閲シ、且 中村 秋香 氏ヘ一書ヲ以テ詠草ト共ニ 興津 ニ発送ス、 東京 篤二 ヨリ書状来ル、同時ニ其返書ヲ発ス、 足立 太郎 曾テ書状ヲ寄セラルタルニヨリ返書ヲ遣ス、又 村田 俊彦 ( 日本興業銀行 員)ヨリ 東京 ノ花信ヲ報シ且歌ヲ寄セラレタレハ、返書ニ添ヘテ歌二首ヲ遣ス、 安達 憲忠 氏ヘ養育院ノ事ニ関シ一書ヲ発ス、 三好 退蔵 氏ヘ書状ヲ発ス、午後 武之助 帰京ス、送リテ停車場ニ抵リ更ニ海辺ヲ散歩ス、夕方再ヒ海辺ヲ散歩ス、 大川 英太郎 来リ大坂紡績会社ノ近況ヲ談ス、 小畔 亀太郎 来話ス

現代語訳

晴れ。

午前六時半起床。朝食後、新聞を読み、また中村秋香氏へ書状を一通、詠草とともに興津へ発送する。

東京の篤二より書状が来る。同時にその返書を出す。

足立太郎が以前に書状を寄せられていたので、返書を送る。また村田俊彦(日本興業銀行員)より東京の花の便りを知らせ、かつ歌を寄せられたので、返書に添えて歌二首を送る。

安達憲忠氏へ養育院の件に関して書状を一通出す。三好退蔵氏へ書状を出す。

午後、武之助が帰京する。見送って停車場へ行き、さらに海辺を散歩する。夕方、再び海辺を散歩する。

大川英太郎が来て、大坂紡績会社の近況を話す。小畔亀太郎が来て話す。

LLM による自動生成・未校閲。原文を正本とし、参考としてご利用ください(生成元: gpt-5.5@2026-05-11)。

言及場所

IRI:https://shibusawa.or.jp/lod/diary/entry/DKB10012m-0059

関連リソース

言及人物・場所が共通するエントリ