渋沢栄一 LOD ビューア

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1925-09-17

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飛鳥山邸夫人

日記 (1)

DKB20027m-0144詳細

十七日

十七日 (木) 午前九時 山本 久三郎 氏来約( 飛鳥山邸 ) 午前十時 カイス夫人外二名来約(〃) 午後二時 藤村 義朗 男来約( アスカ山 ) 午後三時 都倉 義一 氏来約( アスカ山 )

山本久三郎藤村義朗_(政治家)都倉義一飛鳥山邸

年譜 (1)

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是日栄一、アメリカ合衆国人ヘンリー・カイス夫人を、飛鳥山邸に引見す。

是日栄一、アメリカ合衆国人ヘンリー・カイス夫人を、飛鳥山邸に引見す。

第39巻p.327-p.328

井深 (1)

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〔大正14年(1925年)9月17日〕

九月十七日(木) 雨 授業如例。 午後六時、澤柳政太郎氏主催星ガ岡茶寮晩餐会ニ出席ス。来会者ハ太平洋協議会ニ出席シタル澤柳、姉﨑、石井、市橋、小松、高柳夫婦、斎藤、高木、鶴見夫人及ビ我等両人ノ外、之レガ為ニ尽力シタル佐分利氏夫妻、増田ホノルル領事、吉田、松澤並ニ支那代表ノ温世珍氏ニテ凡テ十八名ナリ。料理ハ美食クラブ一流ノモノニテ支那式ヲ加味シタル改良日本料理ナリ。風味佳ナルノミナラズ、器物等モ頗ル「コリタル」モノニテ普通トハ大ニ趣ヲ異ニス。一同大満足ニテ九時過散会シタリ。 往キハ人車ニテ行キタレトモ、帰リニハ石井氏ノ自働車ニ霞町迄同乗シ、ソレヨリ電車ニ乗代ヘタリ。

姉崎正治市橋倭斉藤惣一松沢光義

新聞 (1)

0100256672詳細

岐路に立つ東洋汽船 : 折角の補助法も利用し難く安田からの救済も覚束ない

安達逓相がサンフランシスコ線支持のためいよいよ航路補助を支給するに決し而も現行の航路補助法に何等改正を加えない方針であることは既報の通りであるが政府の新船建造案並に補助法内容は概ね左の通りである 一、船型=管船局で作成した内案は超エンブレス級(総トン数二万三千トン)エンブレス級(二万トン)一万七千トン級(造船協会案)プレシデント級(一万四千トン)天洋丸型(一万三千トン)の五種であったが国庫予算の関係其他凡ての事情を斟酌し実行し易い案として米船プレシデント級の一万四千トン型を選択した 一、速力=二十ノット案と十ノット案と両案あったが十七ノットに決定 一、機関=蒸気機関タービン機関ディゼル機関の三案中ディゼルを採ること 一、船数=サンフランシスコ線命令船は三隻の定めで三隻の新造(慾を云えば四隻)を必要とする但し已むを得なければ大洋丸を代船とし二隻だけを建造すること 二、補助=現行補助法の規定に基き支給すること 一、右の如き帆船型と速力とで一航海十六万円一年十四航海とすれば三隻、年補助額二百二十四万円の計算となる 一、特別補助=新船は特に海軍省の認可…

渋沢栄一