渋沢栄一 LOD ビューア

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1923-06-13

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代表協会経済

年譜 (1)

DK460104k詳細

是より先、当協会に於て、大正時代の各界の代表的名士の音声を録音し後世に伝へんことを企画す。是日栄一、当協会の懇請により、赤坂区霊南坂日蓄会社に赴き「道徳経済合一説」と題する演説の吹込をなす。

是より先、当協会に於て、大正時代の各界の代表的名士の音声を録音し後世に伝へんことを企画す。是日栄一、当協会の懇請により、赤坂区霊南坂日蓄会社に赴き「道徳経済合一説」と題する演説の吹込をなす。

第46巻p.359-p.362

新聞 (1)

0100325134詳細

支那排日と対策協議 : 漸次緊張し来る

日華実業協会では支那の排日排貨に就き過般来其対策を講究中の処協会としては此の際外務省の之れに対する意向を聞き合せて強硬の態度を採ることを要求することに決し十一日午後五時協会代表して渋沢、和田の正副会長は外務省に大臣次官を訪い約一時間に亘って陳情するところあって引取った之れに対し外務省では既に北京公使に訓電を発して強硬の態度を採りつつあることを今後も対策を講ずることに十分用意する旨の返事があった而して協会としては今後引続き攻究を為すと共に一方在支及び日本内地の商業会議所其他と連絡を執り飽迄支那の排日運動を沈静せしめることに努めると右に就き渋沢子は語る 今までの排日運動は主に学生が中心となってやる程度のもので敢て重大視する必要はなかったのであるが最近の実情を見るに商務総会までが飛出して運動するに至ったのでその影響するところ決して軽軽に附することは出来ぬ今までは何時も日本の態度が圧迫となり脅威となり又は侵略となりはせぬかを心配して成るべく穏かに出ることに努めていたのである又協会としても経済的に日支親善を標榜し極力努めて来たのである、しかるに支那が今…

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