渋沢栄一 LOD ビューア

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1915-01-19

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午前十時会議依頼新聞東京正午電話

日記 (1)

DKB20001m-0019詳細

一月十九日

一月十九日 火 朝少ク曇ル、寒威強シ、 午前七時 起床、半身浴ヲ為シテ後、朝飧ス、畢テ中央公論記者 島中 氏来、対支経済政策ニ付意見ヲ述フ、 午前十時 商業会議所ニ抵リ、神宮奉賛会準備委員会ヲ開キ趣意書規程ヲ議ス、明後日ヲ以テ再ヒ開会ノ事ヲ約ス 正午 第一銀行 ニ抵リテ午飧ス、畢テ行務ヲ談ス、午後事務所ニ抵リテ種々ノ来客ニ接ス、 大隈 信常 氏来リテ立候補ノ事ニ付 前橋 市ヘ出状ノ事ヲ依頼セラル、 手塚 氏ノ為メニ 四日市 九鬼 氏、 伊藤 氏ヘ候補談ヲ書通ス 午後七時 支那 公使館ニ抵リ晩飧会ニ出席ス、 小田切 氏出立ノ送別ノ宴ナリ、夜 十時 宴散シテ帰宿ス、夜、新聞紙ヲ一覧ス

九鬼伊藤大隈信常小田切前橋四日市支那

黒田 (1)

115914詳細

一月十九日 火 曇 夕刻ポツポツ降ル (鎌倉)

一月十九日 火 曇 夕刻ポツポツ降ル (鎌倉) 午前八時五十分発ノ汽車ニテ出京 直ニ登校 一時頃正木校長及藤島君ト三人精養軒ニテ午食ヲ取ル 後校長ト教務等ニ関シ四時迄談合セリ 櫻井ヲ電話ニテ呼寄セ必要品ヲ受取リ五時十五分東京駅発帰鎌ス 上リニハ横浜迄宮川久次郎君ト同乗シ下リニハ又西源四郎君ニ遇フ 留守中秋月君来訪

井深 (1)

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〔大正4年(1915年)1月19日〕

一月十九日(火) 午前十時、総督官邸ニ至リ、刺ヲ通ジタルニ総督ハ既ニ総督府ニ出勤セラレタリトアリ。依テ直チニ同府ニ赴キ、秘書官ニ面会シタルニ目下会議中ナリト云フ。毎週二回、火、金、両日部長ヲ集メテ会議ヲ開クノ慣例ナリ。但正午ニ了ルヲ例トナスガ故ニ、午後二時比又官邸ニ於テ面会アルヤウ取計可、且其旨電話ニテ知ラスベシトノ事ナリ。 依テ不得止一旦ホテルニ帰リ、午餐ヲ喫シテ電話ヲ待ドモ何ノ事ナキ故ニ、催促シタレトモ話中ニテ分ラズ。漸ク二時半比ニ至リ総督ハ在邸ノ旨ヲ確メタリ。依テ直チニ同邸ニ赴キタリ。面会ノコトハ追記ニ譲ル。

新聞 (1)

0100069334詳細

電灯仲介案空漠 : 計算基礎詳細ならず : [東京市に於ける電灯統一問題 其四十九]

東京市内の三電灯当業者が無謀なる競争の結果其営業行詰り茲に窮地を脱せんとして統一計画を企つるに至りたる渋沢森村両翁に之れが仲介を依頼したるの一事は先ず市及会社当事者の無責任を語るものとして実業界の為めに採らざる所なり渋沢森村両翁の人格と及び仲介の労を惜まざるの誠意とは何人も異論なき所なりと雖も電灯事業に就ては全くの門外漢たる両翁が果して統一上の最重要問題たる買収価格を公平に算定し且つ買収後に於ける営業上の収支計算を正確に立て以て東京市の財政上に後顧の憂いなからしむるを得るや否やは世人の最も危ぶみ両翁の人格と信望との為めに特に心配したる所なりしなり其後両翁の仲介は大に進捗したりとて去る十七日仲介者は部下の新聞社代表者十三名を招き其の買収価格並に買収後に於ける計算書を発表し各社の賛否を需むるに至れり新聞社に対し予め賛否を求むることの不合理なる尚お其上に当日は各社代表者に対する待遇同一ならざりし由此等の点に就ての仲介者の真意を知るに苦しむも是は暫く擱き其の発表したるものを一瞥するに内容は未だ公表し難きも大体に殆んど計算の如何なる根拠より出でたるやを知る…

渋沢栄一