東北振興会の事業 : 調査材料蒐集進捗
東北振興由来 明治三十五年及同三十八年の両度福島、宮城、山形、秋田、岩手、青森の六県が異常の凶荒に遭い糧食を喪い父子離散の惨状を演じたるは今尚世人の記憶に新たなるべし而して東北が僅か数ケ年の間に再度の惨劇を演ぜるは畢竟するに同地方は一帯に米作を主業とし副産物を等閑視せるに因る之を以て同方面の惨況に対し深甚の同情を有せる朝野の名士は直間接に東北六県振興に関する意見を発表し殊に益田孝氏は明治四十年「東北地方の産業振作に関する調査機関設置の議」と題して最も有力なる調査資料を公表せると相前後して東北談話会なるもの生れ更に四十年十月仙台に於て東北振興に関する東北六県実業大会を開催し、爾来六県多額納税議員を起し一年一同六県輪番に六県多額納税者並に有力者を網羅せる会合を為し材料を蒐集して大に東北振興に努むる所ありたり 東北振興会生る 然るに本年東北六県が復々凶作に遭い其惨状実に見るに忍びざるものあり偶々原内相、高橋蔵相等が相尋で同地方視巡以来漸く政府筋に於ても東北六県振興の最も緊切なるを感ぜる折柄右明治三十五、八年の凶荒以来同方面に深好なる同情を有せる渋…