渋沢栄一 LOD ビューア

タイムライン

1912-06-24

◆ 2ソース横断日記 1新聞 1
表示範囲:渋沢栄一関連のみ (2)全項目 (2)既定では、同時代の日記(黒田・井深・久米・捃拾帖)は渋沢栄一が登場する項目のみ表示します

日記 (1)

DKB10020m-0143詳細

六月二十四日

六月二十四日 月 曇 暑 午前六時 起床、入浴シテ朝飧ヲ食ス、 矢野 由次郎 氏来リ 阪谷 氏ヲ市長タラシメントノ事ニ付種々ノ事情ヲ述フ、依テ明瞭ニ余ノ意志ヲ答ヘ遣ハス、 梅浦 吾一 氏来リ家政上ニ付種々ノ訓示ヲ為ス、 伊藤 真之 氏同 伴ス、市内貧民学校後援ノ事ニ付後援会 太田 政徳 氏来リ寄附金ノ事ヲ依頼セラル 午前十時 事務所ニ抵リ来人ニ接ス、 正午 第一銀行 ニ於テ午飧シ、後、英人 セール 、 キルビ 二氏ノ来訪ニ接シ、財政経済ニ関シテ種々ノ談話ヲ為ス、畢テ事務所ニ於テ庶務ヲ処理シ、 四時 王子 ニ帰宿ス、 皆川 晃雄 氏来リ聖書ヲ講義ス、夕方 高松 某来リ、来ル 八月 米国 行ニ付送別ノ宴ヲ開ク、夜飧後家人ト共ニ散歩シテ 明石 ノ家ニ抵ル、 十一時 帰宅ス

キルビーセール伊藤真之太田政徳アメリカ合衆国王子

新聞 (1)

0100296034詳細

東西の倉庫業 : 倉庫と其商業取引 : 大阪の活況と東京不振の理由

横浜港の東京市に対する商業関係は神戸港の大阪市に対すると同一にして其の倉庫関係に於ても亦同じ、統計に徴するに倉庫の在荷総額は横浜常に神戸に及ばず東京亦常に大阪に及ばず更に京浜の合計を以て阪神の合計に対比するも結果は同一にして我は到底彼の敵にあらず之れ注意すべき現象にして左表は本年一月より四月までを示したるものなれど之に依り其一班を窺知し得ん [図表あり 省略] 附言 東京現在の倉庫会社は東神、渋沢、商業、中村、帝国、日本、杉村、東京、渡辺、明治十倉庫横浜は船渠、貿易、商品、横浜の四倉庫にして大阪は安田、杉村、大阪、住友、東京の五倉庫神戸は東神、桟橋、兵庫、住友、安田、川西、東京の七倉庫なれば京浜の十四倉庫に対し阪神は十二倉庫なり左れど面積広き倉庫と然らざる倉庫とは大変の相違あれば倉庫数を以て未だ大勢を論ずべからず 即ち阪神は京浜に対し少なくも毎月一千円以上の増加を示し四月の如き殆んど其の倍額を算せり是れ一に大阪商人の倉庫に対する根本的観念の進歩せるに依るべきは勿論なれども而かも他に左の理由あるは事実なり (一)輸入重要品は阪神を中心とす(二…

渋沢栄一