〔明治33年(1900年)5月29日〕
- 日付
- 1900-5-29(day)
説明
五月二十九日 出院授業如常。 午後、沼澤七郎氏来訪。香川県参事官ニ転任シテ赴任ノ途次ナリ。
言及人物
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- 日記1900-5-29五月二十九日
五月二十九日 雨、午前 大原 春次郎 ヘ書状ヲ発ス、 京都 田中 源太郎 ヘ織物会社ノ事ニ関スル書状ヲ発ス、 午前十時 宮内省ニ抵リ 田中 大臣ニ面会シテ美術館建築位地ノ事ヲ内話ス、東京府庁ニ抵リ知事及市長ニ面会シテ 田中 大臣トノ談話ヲ伝ヘ且明後 三十一日 ヲ以テ 片山 技師会話ノ事ヲ約ス、 午後一時 帝国ホテル ニ抵リテ午餐シ、畢テ 汽車製造会社 ノ事ニ関シ社員会ヲ開ク、 井上 伯来会ス、畢テ 午後五時 ヨリ 浜町 常盤屋ニ抵リ 佐々木 勇之助 氏ノ招宴ニ参会ス、蓋シ其長女 岡 実 ト結婚セシニ付披露ノ為ニ催シタル宴会ナリ、数番ノ余興アリテ夜 十一時 兜町 ニ帰宿ス
詳細 - 黒田1900-5-29五月二十九日 (欧洲出張日記)
五月二十九日 (欧洲出張日記) 今日ハ曇だ 朝六時半ニ起き風呂などニ這入つた 海ハ至極穏かで病人も段々よく為つて甲板ニ出て来た 午前十一時前頃から支那の猟船がぼつぼつ見えはじめ又海の色が一変して黄色を帯て来た 之れハ揚子江の入口の印だそうだ 又右と左に小さな島が遠くに見えた 二時頃ニ為つて左右ニ条を引た様な陸が現れた 即ち吾れ吾れの船は揚子江の川口ニ這入つたのだ 水の色は全くどろ色だ 雪どけか又は嵐のあつた時の川水の色だ 之れハ今日ニ限つてこんなのではなくいつでもこういう色だそうだ 検疫の為めニ一時船をとめ英人の医者が小蒸気でやつて来て船員船客の頭数を調べた これが四時頃でこれから又船を少し進めて錨を下した メサジユリー会社から小蒸気をよこして皆其船に乗り移つた 此の時ハ五時頃だつた 丁度二時間計川をさかのぼつて上海に着いた〔図 写生帳より〕 吾れ吾れ日本人一同東和洋行の番頭に案内されて人力車で其宿屋に行た 此の東和洋行といふのハ日本人がやつて居る宿屋で下女なども日本人だ 下女は今六人居るそうだが皆日本服だ 此の家の主人が佐賀人だそうで雇人も大抵同国者のやうだ 日本語の分る支那人も一人居る 直ニ案内者ニ連れられて人力車を五台連ねて支那料理に出かけた 泰和館とか云ふ家だ 一とテーブルで六円と云料理を云ひつけて食た 兎ても五人でハ食ひきれない 燕の巣といふものなどを始めて食つた 此の料理屋は一寸大きな家だ 先づ此の地屈指のものだそうだ 這入て突き当りに座花酔月といふ時が書いて有る 座敷と云のは二階だ 往来の側に一と部屋一と部屋にしきりがしてあり部座と部座との間は硝子障子の様なものだから隣は無論のぞける 一体に実ニきたならしいが芸者などをよぶのは矢張こう云ふ処で呼ぶのだそうだ 此処を出て四馬路の寄の様な処ニ這入つた 栄華富貴楼といふ処だそうだ 舞台の左右に扇子形の額がかけてあつて栄華富貴とかいてあり又正面ニハ横長の額が有つて響過行雲とかいて有る〔図 写生帳より〕 此処ハ一人前四十銭だ やかましい音楽をして其節ニ合ハして歌ふのだが芸人ハ皆若い女だ 其女を自分の机の処ニ呼ぶ事が出来るのだそうだ 此処ニ這入つて腰をかけると銘々にお茶を出した 又コツプ形の白い茶碗に紅茶のやうなものを入れて出し舞台の芸人の前にも此のコツプ形の白い茶碗がならべてある 此の辺のにぎやかさは実に想像外だ こんな見世物の中ニも人が多いが往来も一杯の人だ ぶらぶらして居る人の中を大いそぎで籠ニ乗て通る女が有る これハ芸者がお座敷に出る処だそうだ 籠の先にハ提灯をつけた人足が走つて行く 此処を散歩して居るものハ大抵皆支那人で西洋人ハ殆んど見えない 今這入つた寄の前に大きな珈琲屋の様なものが有る 此の家ハ客が一杯だ 又縦覧随意といふやうな風で出る人入る人がせき合つて居る位だ 中ニハ一つの机に二三人四五人づゝ居つて女ニ雑談などして居る 女ハ女郎の様なもので云ハバ遣手婆と云ふ種類の老婆が若いのに附て居て客を引く 若い女ハ十五六とも見ゆる位のが沢山居た 驚く程の美人といふべき奴ハ見えなかつたが其代こんな奴がといふ程の醜婦も居なかつた 此処ハ即ち春江評花処といふ家だ 亜片を飲む部屋ニハあやしげな目付をした男がいくらもごろごろして居て見て歩いて居る人にハ一向気もつかないで一生懸命ニ吸ひつけて居る 亜片ハ必ず寝ながら吸ふものと極まつて居ると見え椅子の大きな様なものがあつて其椅子の中央部に朱檀の盆の様なものがはまつて居る 即ち其盆の上に亜片の道具を置き其両側に寝ころんで亜片を吸ふのだ 此の亜片をのむ処ハ一種不思議な臭がする 此の四馬路 五馬路といふ所は東京で云へバ新橋とか吉原とかと云ふやうな処で色町だそうだ 古道具屋を冷かし夫れから西洋料理屋ニ行てラムネを飲だ 古道具屋ハ中々懸値を云ふ 先づ一円五十銭とゆふたものなら五十銭位にハまける 西洋料理屋ニハ机の上に硯と紙と備へてある 其紙にハ活字で老爺……勿遅と書いたものが何だと聞たら芸者を呼びニやる札だそうだ 其札の中ニ自分の呼びたいと思ふ女の名を書き入るれバ使の者が持つて行くのだそうだ 又此の料理屋ニ芸者の名のかいてある帳面が有つた 此地ハ遊ぶ方の事ハ中々開けて居るらしい 芸者を呼ニやる札ハ桃色の西洋紙にして老爺叫の下に女の名をおき第と号の間ニ部屋の番号を入れて送るのだそうだ 中々便利な仕方だ 芸者で尤も有名なのは(原文数字空白)と云ふのだそうだ 支那でハ芸者の事ヲ何々先生と呼び芸者屋の事ヲ何々書屋と云ふそうだ どうしても支那ハ文字の国だナ 此の西洋料理を出て帰りがけニ広東女の居る家を一寸見る 至て下等なものらしい 様子なども之れぞと云て面白い点がない
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三月十九日(日) 午前十時、霊南坂教会ニ於テ小﨑氏ノ為ニ説教ス。夜来雪降、泥濘甚シ。聴衆甚タ少シ。 夕刻ヨリ沼澤七郎氏来訪、山川浩及健次郎著容保公伝出版ノ件ニ付相談アリ。夜食ヲ共ニシ緩談シテ帰ル。 武洋丸、午前十一時横浜入港ノ赴、電報アリ。
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八月十五日(火) 午前、先夜大雨ノ為ニ潰レタル涯(崖)ヲ見分ス。隣地植木屋ノ仕打ハ不都合千万ナリ。 木村良夫方ヲ訪問ス。既ニ全快ノ赴ナリ。 沼澤ヘ往キシニ、於咲ノ縁談ニ付種々話アリ。夜ニ入リテ帰宅ス。
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九月十四日(木)
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九月二十一日(木) 午前五時二十五分、ヘボン館ヨリ出火シ、見ル間ニ二階、三階ニ焼広カリ、遂ニハリス館、賄所、小使部[屋]共ニ焼失シタリ。火元ハ舎監室ナレトモ、生憎其夜ハ舎監不在ニテ原因不明ナリ。寄宿生ニハ一人ノ負傷者モナシ。只小使一人飛下リテ腰部ヲ撲チタルノミ。消火栓ハ物ノ役ニ立タズ、手ポンプニテ新校舎ヲ安全ニスルコトヲ得タリ。 早速焼出サレタル生徒ノ立退場、明日ヨリノ授業、見舞ノ礼其他ノ事ニ付忙殺セラル。 然ルニ今夜ハ真野新夫婦ト沼澤夫婦トヲ招キ置キタルガ故ニ、一層ノ混雑ヲシタリ。
詳細 - 井深1911-10-9〔明治44年(1911年)10月9日〕
十月九日(月) 午後六時ヨリ花子ト共ニ真野氏ニ招カレテ晩餐ノ饗応ヲ受ク。沼澤夫婦モ共ニ招カレタリ。 午前十一時半ヨリ宅ニ於テ伝道局常務委員及ビ大会常置委員会ヲ開ク。
詳細 - 井深1911-11-26〔明治44年(1911年)11月26日〕
十一月二十六日(日) 午後、沼澤氏ヲ訪問ス。病気ハ既ニ快復ノ由ニテ、来客中ナリキ。 木村ニ立寄リ晩食ヲ喫シテ後、青山教会ニ往キ説教ヲナス。 侯爵小村壽太郎氏、肺患ニテ死ス。一般ニ惜マル。
詳細 - 井深1900-2-4〔明治33年(1900年)2月4日〕
二月四日 石原氏不在ニ付、台町教会ニ於テ説教ス。 午後、日本橋教会ニ於テ説教及聖晩餐式如常。 沼澤氏ヲ訪問ス。不在ニテ面会セズ。 花子ノ誕生日ナルヲ以テ小豆飯ヲ焚ク。
詳細 - 井深1900-2-24〔明治33年(1900年)2月24日〕
二月二十四日 東京府学務課員、学院見分ニ来ル。 沼澤七郎氏、京坂地方ヨリ帰途立寄ラル。 午後、柴太一郎氏来訪ス。
詳細 - 井深1900-8-23〔明治33年(1900年)8月23日〕
八月二十三日 午後八時比、沼澤クニ、龍雄同伴着。 午後四時、上野停車場迄迎ニ出タレトモ、到着ナキガ為ニ空ク帰リタルニ、夜ニ入リテ着シタルナリ。
詳細 - 井深1899-11-3〔明治32年(1899年)11月3日〕
十一月三日(金) 天長節ニ付休業。 熊野、水芦両氏来訪。水芦氏、一身上ノコトニ付相談アリ。直チニワイコフ、ランデス、イムブリー三氏ト相談ノ上、五拾円ニ増額シテ引留ムルコトニ定ム。 沼澤七郎氏、上京来訪、昼食ヲ共ニシ、快談数刻ニシテ帰ル。 千代、とよ、はる、健次ヲ携ヘテ銀座通勧工場ヲ見物シ、夕刻帰宅ス。
詳細 - 井深1897-2-9〔明治30年(1897年)2月9日〕
二月九日(火) 出院授業如例。 マコーレイ氏ノ病愈ヨ重シ。今[日]明日中ハ余程危篤ナリトノ事ナリ。 沼澤七郎氏上京ニ付、おくにモ又随行上京セリトテ来ル。五嶋ノ妻モ共ニ見舞ニ来ル。 父上御病気ノ為、山本秀煌氏ノ牧会学講義ニ臨席セズ。
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