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日記DiaryEntryDKB20009m-0056

二月二十五日

日付
1926-2-25(day)

説明

二月二十五日 木 晴 寒 午前七時 起床、入浴、朝飧ヲ畢リ書類ヲ点検ス、 九時 原 秦一 氏来《( 原 泰一 氏)》リ社会事業協会雑誌ノ為メ児童及少年ニ対スル予ノ経験談ヲ請ハル、依テ往年養育院ニ於テ実験シタル実際談ヲ為ス、蓋シ其雑誌ニ記載スル為メナリ、 梶原 画師来話ス、午飧後 兜町 事務所ニ抵リ書類ヲ調査ス、又来状ヲ点検シテ其処分ヲ指示ス、 二時 斯文会ノ件ニ関シ 服部 、 三宅 、 内藤 、 矢野 、 福島 ノ諸氏来会ス、 阪谷 氏モ来会ノ筈ナリシモ故障アリテ欠席ス、聖堂復興ニ関シテ斯文会後援ノ事ヲ協議ス、 阪谷 氏ニハ予ノ助言ヲ一同ヨリ要求セラル、畢テ 若槻 氏ヘノ回答状ヲ裁ス、 午後三時 過退出、 春樹街 ノ家ニ抵リ小憩ス、後、書類ヲ調査ス、 五時 頃帰宿夜食前後ニ於テ新聞紙ヲ一覧ス、夜、ラヂオ放送ヲ聴ク、 十時 就寝

現代語訳

午前七時

起床し、入浴、朝食を済ませ、書類を点検する。

午前九時

原泰一氏が来訪し、社会事業協会雑誌のため、児童および少年に対する私の経験談を求められた。そこで、往年、養育院で経験した実際の話をした。同誌に掲載するためである。

梶原画師が来訪して話をする。昼食後、兜町事務所に行き、書類を調査する。また、来状を点検して、その処分を指示する。

午後二時

斯文会の件に関して、服部、三宅、内藤、矢野、福島の諸氏が来会する。阪谷氏も来会の予定であったが、差し支えがあって欠席する。聖堂復興に関して、斯文会の後援のことを協議する。阪谷氏には私から助言するよう、一同から求められた。

終わって、若槻氏への回答状を裁する。

午後三時過ぎに退出し、春樹街の家に着いて少し休む。その後、書類を調査する。

午後五時頃、帰宿する。夕食の前後に新聞紙を一通り読む。夜、ラジオ放送を聴く。

午後十時、就寝する。

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見出し

二月二十五日 木 晴 寒

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