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日記DiaryEntryDKB20008m-0097

四月七日

日付
1925-4-7(day)

説明

四月七日 火 晴 軽寒 午前八時 起床、洗面、朝食例ノ如クシテ、後、練習艦隊長 百武 三郎 、副官 尾崎 主税 二氏来訪、本年 一月 桑港 ニ於テ米人側特ニ同地ニ設立セラルル米日関係委員会 アレキサンダー 及 リンチ 二氏ノ主催ニテ我艦隊ヲ歓迎セシ顚末ヲ詳述セラレ、且、其事ニ付テ我カ関係委員会ヘモ同シク謝意ヲ表スル旨鄭重ナル辞令ヲ以テ謝意ヲ表セラル、 大倉組 門野 重九郎 氏来リ、曾テ電報交渉中ナル、シナイダー会社代理店引受ノ件ニ付其経過ヲ詳述セラル、依テ過日 木島 氏ト会話シタル事モ其成行ニ依ルヘキ事トス、 瓜生 喜三郎 氏来話ス、 伊豆 下田 ノ寺院 村上 文機 及里正ト共ニ来訪ス、 入沢 博士、 林 正道 二氏来診ス、病症異状ナシ、切ニ摂生ヲ注意セラル 午後二時 、 米国 ヨリ来遊ノ日系米人ノ一団来訪ス、 安孫子 夫人監督トシテ一行ヲ指揮セラル、卓上一場ノ訓示ヲ為シテ青年子女ノ注意トス談話畢テ 板橋 養育院ニ参観ノ筈ニテ、 午後六時 頃ハ 巣鴨 分院ヲモ一覧セシム

現代語訳

午前八時、起床。洗面、朝食はいつものとおりに済ませた。

その後、練習艦隊長の百武三郎、副官の尾崎主税の二氏が来訪した。本年一月、サンフランシスコにおいて、米国側、とくに同地に設立された米日関係委員会のアレキサンダーおよびリンチの二氏の主催により、わが艦隊を歓迎した経緯を詳しく述べられ、またその件について、わが関係委員会へも同様に謝意を表するとのことで、丁重な言葉をもって謝意を述べられた。

大倉組の門野重九郎氏が来訪し、かつて電報で交渉中であったシナイダー会社代理店引き受けの件について、その経過を詳しく述べられた。そこで、先日木島氏と話し合った件も、その成り行きによることとした。

瓜生喜三郎氏が来訪して話をした。

伊豆下田の寺院の村上文機が、里正とともに来訪した。

入沢博士、林正道の二氏が来診した。病状に異状はなく、くれぐれも摂生するよう注意された。

午後二時、米国から来遊した日系米人の一団が来訪した。安孫子夫人が監督として一行を指揮された。卓上で一場の訓示を行い、青年男女への注意とした。談話が終わってから、板橋養育院を参観する予定で、午後六時ごろには巣鴨分院も一覧させることにした。

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四月七日 火 晴 軽寒

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