渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20006m-0118

十一月六日

日付
1921-11-6(day)

説明

十一月六日 日 晴 軽寒 午前七時 起床、入浴シテ、衣服ヲ理メ一行ト共ニ朝飧ス、畢テ書類ヲ調査ス、 九時 過 東洋汽船会社 関根 氏来話ス、曾テ 浅野 社長ヨリ示サレタル書類ニ付談話ス、 十時 ギユリツキ 氏来リ談ス、当地ニ設立セラレタル米日関係委員会ノ事ニ付種々意見ヲ交換ス、相伴フテ会堂ニ抵ル ホスデツク 氏ノ日曜講演ヲ聴ク、畢テ氏ト握手シテ曩ニ 日本 来遊ノ旅況ヲ談ス、 十二時 過帰宿、午飧後更ニ ギユリツク 氏、 小畑 氏等トブルークリンニ在ル日曜学校ニ関スル会堂ニ抵リ、 ブラオン 氏ノ周旋ニテ堂内各室ヲ視察シ、会堂ニ於テ国際道徳ノ必要ニ関スル一場ノ演説ヲ試ム、畢テ 午後五時 旅宿ニ帰ル、此日会堂ニ於テ 原 首相ノ凶変ヲ弔フノ式ヲ行フテ、特ニ余ニ対スルノ敬意ヲ表セシハ、 ブラオン 氏ノ厚キ注意ニ出テタリ 夜 七時 一行相伴フテ 熊崎 領事ノ宿所ニ抵リ、饗宴ヲ受ク、住居ハ当ホテル内ニ在リ、夜飧畢テ後、曩ノ ギユリツキ 氏ヨリ照会セル 紐育 ニ関係委員会設立ノ事ニ付テ種々ノ談話ヲ為シ、領事ニ托シテ充分ノ調査ヲ為シ、其得失ヲ考案セラルル事ヲ托ス 此夜 十二時 発ノ夜汽車ニテ 華府 出張ノ事ト定メ、 熊崎 氏ヲ辞シテ直ニ途ニ上リ、汽車中ニ睡眠シテ翌朝 華府 ニ抵ル

現代語訳

午前七時、起床。入浴して身支度を整え、一行とともに朝食をとった。食後、書類を調査した。

午前九時過ぎ、東洋汽船会社の関根氏が来訪し、以前に浅野社長から示された書類について話し合った。

午前十時、ギユリツキ氏が来訪し、当地に設立された米日関係委員会のことについて、種々意見を交換した。ともに会堂へ行き、ホスデツク氏の日曜講演を聴いた。終了後、同氏と握手し、先に日本を訪れた際の旅の様子について話した。

午後零時過ぎ、宿に戻った。昼食後、さらにギユリツキ氏、小畑氏らと、ブルークリンにある日曜学校に関する会堂へ行き、ブラオン氏の案内で堂内の各室を視察した。その後、会堂で国際道徳の必要について一席演説した。終了後、午後五時に旅宿へ帰った。

この日、会堂では原首相の凶変を弔う式が行われ、特に私に対する敬意を表してくれたが、これはブラオン氏の厚い配慮によるものであった。

夜七時、一行とともに熊崎領事の宿所へ行き、饗宴を受けた。住居は当ホテル内にあった。夕食後、先にギユリツキ氏から照会のあった、紐育に関係委員会を設立する件について種々話し合い、領事に依頼して十分に調査し、その得失を考案してもらうよう託した。

この夜、十二時発の夜汽車で華府へ出張することに決め、熊崎氏に別れを告げて直ちに出発した。汽車中で睡眠し、翌朝華府に到着した。

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見出し

十一月六日 日 晴 軽寒

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