渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20006m-0020

一月二十日

日付
1921-1-20(day)

説明

一月二十日 木 曇 寒 午前七時半 起床、洗面シテ、朝飧ス、後、中外商業新報社 川島 氏来リ本年ノ経済界ニ関スル意見ヲ問ハル、依テ平素ノ説ヲ略述ス、 清水 泰次郎 氏来リ、其子玄氏欧米行ニ付協調会ヨリ補助ノ事ヲ請ハル、 芝 染太郎 氏来リ シヤパンタイムス新聞 紙ノ事ヲ詳話ス、其中、 樺山 愛助 氏《( 樺山 愛輔 氏)》ニ問合セテ何分ノ回答スヘキ事ヲ約ス、 佐野 高島 郡長来リ 中井 藤樹 [ 中江 藤樹 ]先生ノ神社奉祀ノ事ニ付依頼アリ、 蓮沼 門三 氏来リ、修養団評議員会ノ事ヲ本月 三十日 ヲ以テ 兜町 ニ開会ノ事ニ約シ遣ス、 午後五時半 帝国ホテル ニ抵リ清水ノ宴会ニ出席ス、余興数番アリ、食堂ニハ杉ノ木立ニテ社頭ノ暁ヲ形容ス(勅詠御題)、幽邃ニシテ森厳ナリ、卓上一場ノ演説ヲ為ス、夜 十一時 帰宅、後、新聞紙ヲ読マシム (欄外) ■■[img図]〓■午後事務所ニ於テ米人 カフマン 氏、 パーマー 氏ヲ引見ス、両氏ハガストン・ウヘリヤム・ビクモア会社ト共同セル 石川 源三郎 氏ノ事ニ関シテ事情ヲ報告セン為メナリトノ申出アリテ、玆ニ始テ 石川 氏ノ取扱方不都合アリシヲ知リタルニ付、近日団氏ニ問合セノ事ヲ答ヘ置キタリ、又、 ハミルトン 氏ハ 英国 新聞紙《(マヽ)》ニテ、近日更ニ会見シテ 英国 ト 日本 トノ国交ニ付意見交換ノ事ヲ約シタリ

現代語訳

午前七時三十分起床。洗面して朝食をとった。

その後、中外商業新報社の川島氏が来訪し、本年の経済界に関する意見を尋ねられたので、平素の考えを略述した。

清水泰次郎氏が来訪し、その子・玄氏の欧米行きについて、協調会から補助を受ける件を依頼された。

芝染太郎氏が来訪し、ジャパンタイムス新聞の件を詳しく話した。その中で、樺山愛輔氏に問い合わせたうえで、何らかの回答をすることを約束した。

佐野高島郡長が来訪し、中江藤樹先生を神社に奉祀する件について依頼があった。

蓮沼門三氏が来訪し、修養団評議員会を本月三十日に兜町で開会することを約束して伝えた。

午後五時三十分、帝国ホテルに着き、清水の宴会に出席した。余興が数番あった。食堂には杉の木立で社頭の暁をかたどっており(勅詠御題)、奥深く厳かな趣であった。食卓で一場の演説をした。

夜十一時帰宅。その後、新聞を読ませた。

(欄外) 午後、事務所で米国人カフマン氏、パーマー氏に面会した。両氏は、ガストン・ウヘリヤム・ビクモア会社と共同している石川源三郎氏の件について事情を報告したいとの申し出であった。ここで初めて、石川氏の取り扱い方に不都合があったことを知ったので、近日中に団氏に問い合わせる旨を答えておいた。

また、ハミルトン氏は英国新聞紙の人で、近日さらに会見し、英国と日本との国交について意見交換することを約束した。

LLM による自動生成・未校閲。原文を正本とし、参考としてご利用ください(生成元: gpt-5.5@2026-05-11)。

見出し

一月二十日 木 曇 寒

IRI:https://shibusawa.or.jp/lod/diary/entry/DKB20006m-0020

同日の他の記事

1921-1-20 の他のソース・他のエントリ

関連リソース

言及人物・場所が共通するエントリ