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日記DiaryEntryDKB20005m-0048

二月十七日

日付
1920-2-17(day)

説明

二月十七日 火 晴 寒 午前七時 起床、例ノ如ク入浴ト朝飧トヲ畢リ、直ニ家ヲ出テ 午前九時 事務所ニ抵リ、 神谷 忠雄 氏来リテ米人 ビルス 氏提案ニ係ル鑵詰会社ノ事ヲ談話ス、 紐育 サン新聞社員来リテ活動写真ヲ撮影ス 米国 有志者招致ノ事ニ付 金子 、 目賀田 、 近藤 、 井上 日銀総裁、 内田 嘉吉 氏等来会種々ノ協議ヲ為シ、電報ノ趣旨ニ応シテ帰航ノ船舶ノ都合ヲ 浅野 東洋汽船 社長ニ篤ト依頼スヘキ事ト議定ス、 内田 氏ニハ海底電線ノ事ヲ談シ、 井上 氏ニハ報効会ノ事ヲ協議シ 大阪 市長 池上 氏ノ来書ヲ交付ス、 午後一時 事務所ヲ出テ 帝国ホテル ニ抵リ、 田中 太郎 氏ニ会見シテ故 ルーズベルト 氏遺書刊行ノ事ニ付種々ノ談話ヲ為ス、更ニ 浅野 氏ト会見シテ 米国 行船繰ノ事ヲ依頼ス、又、埋築会社ノ事ヲ談話ス 安田 其他ノ諸氏ト午飧ヲ共ニシ、 午後一時半 ノ 東京 発汽車ニテ 大磯 ニ抵ル、 三時 明石 ノ家ニ抵リ家人ト共ニ談話ス、夕方ヨリ雑誌類ヲ読ム夜飧後モ読書ニ耽ル、 十一時 就寝 (欄外) ■■[img図]〓■ 小畑 久五郎 氏ニ指示シテ明日ヨリ ビルス 氏ト共ニ 京阪 行ヲ誘導セシム、法隆寺及 奈良 等ニハ 黒板 博士ノ添書ヲ持参セシム

現代語訳

午前七時、起床。いつものように入浴と朝食を済ませ、すぐに家を出た。

午前九時、事務所に到着。

神谷忠雄氏が来訪し、米人ビルス氏の提案による缶詰会社の件について話し合った。ニューヨーク・サン新聞の社員が来て、活動写真を撮影した。

米国有志者招致の件について、金子、目賀田、近藤、井上日銀総裁、内田嘉吉氏らが来会し、種々協議した。電報の趣旨に応じて、帰航の船舶の都合を浅野東洋汽船社長に十分依頼することに決定した。

内田氏には海底電線の件を話し、井上氏には報効会の件を協議し、大阪市長池上氏からの来書を渡した。

午後一時、事務所を出て帝国ホテルに到着。田中太郎氏に会見し、故ルーズベルト氏の遺書刊行の件について種々話し合った。さらに浅野氏と会見して、米国行きの船の手配を依頼した。また、埋築会社の件について話した。

安田その他の諸氏と昼食を共にし、午後一時三十分東京発の汽車で大磯に到着。

三時、明石の家に着き、家人とともに談話した。夕方から雑誌類を読み、夕食後も読書にふけった。

十一時、就寝。

(欄外)

■■[図]〓■

小畑久五郎氏に指示して、明日からビルス氏とともに京阪行きに同行案内させることにした。法隆寺および奈良などへは、黒板博士の添書を持参させることにした。

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二月十七日 火 晴 寒

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