渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB10022m-0081

五月二十一日

日付
1914-5-21(day)

説明

五月二十一日 木 晴 風ナクシテ暑気強シ 午前六時 起床、例ノ如ク入浴シテ朝飧ヲ食ス、 午前九時 ヨリ 山座 公使公使ト共ニ昨日訪問シ得サリシ当地ノ官憲ヲ往訪シテ、余カ此旅行ノ趣旨ヲ詳話ス 正午 ヨリ早稲田大学出身ノ民国人ヨリ案内セラレテ校友会ニ出席ス、場処ハ曾テ 張 之洞 氏ノ経始アタル《(リ脱カ)》畿補学院ト称スルモノナリ、食卓上主人ヲ代表シテ 林 氏ヨリ挨拶アリ、余モ一場ノ答詞ヲ述ヘ、 二時半 帰寓、更ニ衣服ヲ更メテ、 山座 公使公使ノ先導ニテ 袁 大総統謁見ノ為其居所ニ抵ル、宮城中南海ノ側ニ在リ、謁見ノ式極メテ簡易ニシテ、握手、坐談頗ル懇篤ナリ、且、両国実業ノ聯絡ヲ企図スル旨ヲ詳話セラレ、中日実業ノ設立ニ意ヲ用ヘラレシ事ヲ述ヘ、将来余ノ尽力ヲ請ハル、款談三十分計ニテ辞リ《(シ)》去リ、更ニ官中《(マヽ)》ナル詰所ニ於テ 楊 士琦 氏ニ面会シテ要務ヲ談ス、協議尽ルニ至ラス、尚、明後日ヲ約シテ去ル、 六時 帰寓後、衣服ヲ 日本 装ニ更メテ 七時 孫 宝琦 氏ノ招宴ニ抵リ、洋式ノ 支那 料理ニテ頗ル鄭重ナリ、食卓上主人ノ挨拶ニ答ヘテ一場ノ演説ヲ為ス、夜 十時 散会、帰宿ス

現代語訳

午前六時、起床。いつものように入浴して朝食をとる。

午前九時より、山座公使とともに、昨日訪問できなかった当地の官憲を往訪し、私のこの旅行の趣旨を詳しく話す。

正午より、早稲田大学出身の民国人に案内されて校友会に出席する。場所は、かつて張之洞氏が創始した畿補学院と称する所である。食卓で、主人側を代表して林氏より挨拶があり、私も一場の答辞を述べる。

二時半、宿舎に帰る。さらに衣服を改め、山座公使の先導で袁大総統に謁見するためその居所に至る。宮城の中南海のそばにある。謁見の式はきわめて簡単で、握手し、座談はたいへん懇篤であった。また、両国実業の連絡を企図する旨を詳しく話され、中日実業の設立に意を用いられたことを述べ、将来の私の尽力を求められる。懇談は三十分ほどで辞去し、さらに官中の詰所において楊士琦氏に面会して要務を話し合う。協議は尽きるに至らず、なお明後日を約して去る。

六時、宿舎に帰った後、衣服を日本装に改め、七時、孫宝琦氏の招宴に赴く。洋式の支那料理で、たいへん丁重であった。食卓で主人の挨拶に答えて一場の演説をする。夜十時、散会し、宿舎に帰る。

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見出し

五月二十一日 木 晴 風ナクシテ暑気強シ

言及場所

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