渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB10010m-0339

六月十日

日付
1902-6-10(day)
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説明

六月十日 晴、昨日 ワシントン 公使館ヘ 藤田 領事ヨリ電報ヲ発シテ来ル 十六日 ヲ以テ同府着ノ事ヲ通知ス、 紐克府 内田 領事及ビ 堀越 氏等ヘモ同シク電報ヲ以テ来 十三日 到着ノ事ヲ通知ス、 午前九時半 水谷 氏ノ誘引ニテ、 シカゴ市 第一国立銀行 ニ抵リ行内ヲ一覧ス、頭取 ホーガン 氏ニ面話ス氏ハ 英国 スコツトランド人ニシテ十七歳ヨリ銀行事務ニ従事シ、前頭取 ゲージ 氏ノ抜擢ヲ得テ頭取ニ就職セル由ナリ、為人頗ル堅固老実ノ態アリ、自ラ各局ヲ案内シテ詳細ニ説明セラル、極テ深切ナリ、本行ノ資本高ハ八百万弗ニシテ現ニ預金ノ総高四千五百万弗余ナリ、而シテ利足ヲ付スルモ多キモ二分ヲ出スト云フ、割引取扱ノ順序、貸出ノ手続、各地方コルレスホンデンスノ約束等其詳細ノ事ハ 清水 氏ヲシテ記録セシム、蓋シ 米国 銀行中有数ノ大銀行ト云フベシ、一覧畢テ 第一国立銀行 ヲ辞シ、 水谷 氏ノ茶業事務所ニ抵リ本邦茶ヲ 米国 ニ販売スルノ手続ヲ聴ク、更ニ 水谷 氏ノ案内ニテ一料理店ニ抵リテ午飧ス、 第一国立銀行 頭取 ホーガン 氏モ来会ス、食事中銀行営業上及法律上ニ付種々ノ談話ヲ為シ、且 清水 泰吉 ノ修行講習ヲ依頼ス、畢テ シカゴ市 ニ開店スル エリノイ貯蓄銀行 ニ抵リ、支配人 ヘンクル 氏ニ面会シ銀行営業ノ大体ヲ質問シ、且ツ行中ノ各室ヲ一覧ス、其建築壮麗ヲ極ム、之ヲ 第一国立銀行 ニ比スレハ彼レハ事業繁雑ニシテ取引先モ頗ル多ク所謂多々益弁ノ態アリ、之ニ反シ貯蓄銀行ハ信托業ヲ兼営スルヲ以テ其経営静粛ニシテ閑雅ノ風アリ、一覧畢テ旅宿ニ帰リ、更ニ 藤田 氏ト共ニ フエービアン 氏ヲ訪フテ告別ス、 午後五時 シカゴ青年会館 ニ抵リ館内各室ヲ一覧ス、此青年会館ハ シカゴ市 人多数ノ寄附金ニテ設立スルモノニシテ、其費額五拾万弗余、年々ノ維持費拾六万弗余ヲ要スト云フ 午後七時 旅宿ヲ発シ停車場ニ抵リ ヒツツブルグ 行ノ汽車ニ乗組ム 此日 シカゴ ニ於テ 兼子 ニ別レ、余ハ 市原 、 八十島 、 清水 、 梅浦 、 萩原 ノ五氏ヲ伴フテ ヒツツブルグ ノ製鉄事業ヲ一覧シ、 兼子 ハ元治、 西河 嬢及 エブリー ノ三氏ト共ニ ナイヤガラ瀑布 ヲ一覧シ、共ニ 十二日 ヲ以テ ヒラデルヒヤ市 ニ於テ相会スルヲ約ス、 兼子 ハ 午後三時 ニ出発シ、余ハ 七時 ヲ以テ シカゴ ヲ出発セリ

現代語訳

晴れ。

昨日、ワシントン公使館へ藤田領事から電報を発してもらい、十六日に同府へ到着することを通知した。ニューヨーク府の内田領事および堀越氏らへも、同じく電報で十三日に到着することを通知した。

午前九時半、水谷氏の案内で、シカゴ市第一国立銀行に行き、行内を見学した。頭取のホーガン氏に面会して話をした。氏は英国スコットランド人で、十七歳から銀行事務に従事し、前頭取ゲージ氏に抜擢されて頭取に就任したとのことである。人柄はすこぶる堅実で老成した様子があり、自ら各部署を案内して詳細に説明してくれ、きわめて親切であった。

同行の資本金は八百万弗で、現在の預金総額は四千五百万弗余である。そして利息を付ける場合でも、多くて二分を超えないという。割引取扱いの順序、貸出しの手続き、各地方コレスポンデンスとの約束など、その詳細は清水氏に記録させた。まことに米国の銀行中でも有数の大銀行というべきである。

見学を終えて第一国立銀行を辞し、水谷氏の茶業事務所に行き、日本茶を米国で販売する手続きを聞いた。さらに水谷氏の案内である料理店に行き、昼食をとった。第一国立銀行頭取ホーガン氏も来会した。食事中、銀行営業上および法律上のことについて種々話し、また清水泰吉の修行講習を依頼した。

食後、シカゴ市に開店しているエリノイ貯蓄銀行に行き、支配人ヘンクル氏に面会して銀行営業の大体を質問し、あわせて行内の各室を見学した。その建築は壮麗をきわめていた。これを第一国立銀行に比べると、第一国立銀行は事業が繁雑で取引先もすこぶる多く、いわゆる多々ますます弁ずるという様子がある。これに反して貯蓄銀行は信託業を兼営しているため、その経営は静粛で閑雅な風があった。

見学を終えて旅宿に帰り、さらに藤田氏とともにフェービアン氏を訪ねて告別した。

午後五時、シカゴ青年会館に行き、館内の各室を見学した。この青年会館はシカゴ市の人々多数の寄附金で設立されたもので、その費額は五十万弗余、毎年の維持費は十六万弗余を要するという。

午後七時、旅宿を出発して停車場に行き、ピッツバーグ行きの汽車に乗り込んだ。

この日、シカゴで兼子と別れ、私は市原、八十島、清水、梅浦、萩原の五氏を伴ってピッツバーグの製鉄事業を見学し、兼子は元治、西河嬢およびエブリーの三氏とともにナイアガラ瀑布を見学し、ともに十二日にフィラデルフィア市で相会することを約束した。

兼子は午後三時に出発し、私は七時にシカゴを出発した。

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