是日、東京基督教青年会復興事業の一部たる体育館落成式挙行せられ、栄一出席す。
- 日付
- 1927-10-7(day)
- 和暦
- 1927年 (昭和2)
- 伝記資料 階層
- 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 1部 社会公共事業 > 4章 道徳・宗教 > 4節 キリスト教団体 > 4款 東京基督教青年会館復興建築資金募集後援会
- 巻
- 第42巻
- 頁
- p.280-p.281
伝記資料 本文
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東京基督教青年会復興建築資金募集後援会書類
第42巻 p.280(渋沢子爵家所蔵) (印刷物、葉書) 粛啓 秋冷の候益々御清栄奉賀候、予て御高配を蒙り居候神田区美土代町東京基督教青年会に於て、同会復興事業の一部たる体育館落成いたし、来る十月七日午後六時半開館式挙行の運に相成候に就ては、同開館式前、後援会今日までの御報告申上げ度と存じ候につき、御多用中恐縮乍ら、同日午後五時、同会館へ御来駕被成下度、此段御案内申上候 敬具 昭和二年十月一日 東京基督教青年会復興建築資金募集後援会 会長 男爵 阪谷芳郎 (宛名手書) 子爵 渋沢栄一殿 追而晩餐の準備致し置き候間、御来否折返し御返事願上候
(増田明六) 日誌 昭和二年
第42巻 p.280(増田明六) 日誌 昭和二年 (増田正純氏所蔵) 十月七日 金 晴 出勤 後四時より美土代町青年会館体育館開館式ニ参列した、渋沢子爵も参会して、体育室ニ於ける器械を一巡せられた ○下略
(斎藤惣一)書翰 渋沢栄一宛昭和二年一〇月八日
第42巻 p.280-281(斎藤惣一)書翰 渋沢栄一宛昭和二年一〇月八日 (渋沢子爵家所蔵) 拝啓 秋冷の候益御清祥奉賀候 昨夜は御多用中にも拘はらす、当方体育館開館式に際し御立寄りを忝ふし、洵に恐縮に存上候、謹みて御礼申上候、幸に滞りなく式を挙行仕候に付、乍他事御休心被下度候、尚今後共御教導御援助を賜り度御願申上候 次に近着の米国雑誌「評論ノ評論」誌上、去る七月布哇に開かれたる - 第42巻 p.281 -ページ画像 会議に関し、ハヴード大学教授ウイルソン博士の論文有之、子爵の御言葉の引用されたる箇所も有之候に付、翻訳致し置き候に付、御閑暇の節御一読の栄を賜り度、先は御礼旁如此に御坐候 敬具 昭和二年十月八日 斎藤惣一 子爵 渋沢栄一閣下 御取次中
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