十五日
十五日 (火) 午九時 黒板 氏来約( アスカ山邸 ) 午前九半時 奥村 他喜衛 氏来約《( 奥村 多喜衛 氏)》( 王子 ) 午十一時 中村 市長来約( アスカ山 )
タイムライン
十五日
十五日 (火) 午九時 黒板 氏来約( アスカ山邸 ) 午前九半時 奥村 他喜衛 氏来約《( 奥村 多喜衛 氏)》( 王子 ) 午十一時 中村 市長来約( アスカ山 )
是より先、アメリカ合衆国ハワイに在りて、在留邦人の米国同化運動に従事せる、牧師奥村多喜衛帰朝す。是日栄一、奥村を飛鳥山邸に引見す。二十一日当委員会の会合に招待して其説を聴く。是より後、継続して奥村の運動を援助す。
是より先、アメリカ合衆国ハワイに在りて、在留邦人の米国同化運動に従事せる、牧師奥村多喜衛帰朝す。是日栄一、奥村を飛鳥山邸に引見す。二十一日当委員会の会合に招待して其説を聴く。是より後、継続して奥村の運動を援助す。
是より先、アメリカ合衆国ハワイに在りて、在留邦人の米国同化運動に従事せる、牧師奥村多喜衛帰国す。是日栄一、奥村を飛鳥山邸に引見す。
是より先、アメリカ合衆国ハワイに在りて、在留邦人の米国同化運動に従事せる、牧師奥村多喜衛帰国す。是日栄一、奥村を飛鳥山邸に引見す。
〔大正14年(1925年)9月15日〕
九月十五日(火) 晴 出院授業。学生中病者多シ。 帰途、鶴田家ヲ訪問ス。健次留守宅無事。ロンドン発ノ書信到着、無事英国ニ渡リタル趣ナリ。 千葉勇五郎氏、角筈ニ来訪ス。依テ斎藤氏嘱托解任云々ノ決議ハドウ考ヘテモ早計ナリシガ故ニ、再議ニ附スルノ動議ヲ起シ而シテ三分ノ二以上ノ賛成[ア]ラバ此件ハ常務委員会ニ一任スルノ動議ヲナスヲ為スノ得策ナルベキヲ談ジタルニ、同氏ハ賛成シ当時ノ議長木村重治氏ト協議スベシトテ辞去シタリ。
創立五十年の東京商科大学 : 来る二十二日盛大な記念式を挙げる
東京商科大学では本年が創立五十周年に当るので来る十二日午前九時から同校においてその記念式を挙行することになった同大学は大正九年東京商科大学官制の制定によって前身東京高等商業学校の昇格したもので、その沿革は去る明治八年八月森有礼氏が東京尾張町に私設した商法講習所に始まり、同九年五月木挽町に移って同月東京府立となると共に故矢野次郎氏が所長に就任した、十三年十一月には東京商業会議所議員渋沢栄一、益田孝、故福地源一郎氏等を委員として規則を制定したが、十四年七月府会が経費の支出を拒んだため突然廃止されたそこで更に農商務省から補助を得て再興し、矢野次郎氏が所長となり、その後幾多の変遷を経て今日に至ったのである、その間同校出身の新人材は実に七千有余に達し財界は勿論、学会に、或は官界に一大勢力をなしている、即ちその主なる出身者を挙げると 成瀬隆蔵、間島与吉、堀越善重郎、福井菊三郎、田口義三郎、原錦吾、藤瀬政治郎、北村七郎久原房之助、江口定条、岩田謙三郎、各務鎌吉、榎本鎌七郎、坂野兼通、青木五兵衛、平生釟三郎、藤村義苗、大田黒□五郎町田豊千代、河田大三九、正田貞…