渋沢栄一 LOD ビューア

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1924-06-03

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年譜 (1)

DK450222k詳細

是年二月、当学舎学長三島復の逝去により、名誉教授児島献吉郎学長に就任す。栄一、三島広を監事に推薦せんとし、五月三日評議員会を招集して寄付行為中改正の件を議決、文部省に申請して同月二十三日認可そ受く。是日栄一、評議員会を招集し、三島広を監事に

是年二月、当学舎学長三島復の逝去により、名誉教授児島献吉郎学長に就任す。栄一、三島広を監事に推薦せんとし、五月三日評議員会を招集して寄付行為中改正の件を議決、文部省に申請して同月二十三日認可そ受く。是日栄一、評議員会を招集し、三島広を監事に選任す。

第45巻p.588-p.590

新聞 (1)

0100324450詳細

駐日米大使の後任 : 最も有力な候補者は親日のシャーマン博士

[写真あり 省略] 【華盛頓特電一日発】現駐支米国公使シャーマン博士は駐日米国大使としてウッヅ氏の後を襲うべき最も有力な候補者に擬せられて居るが国務省及び日本大使館では共に同件に関し全然緘黙して居る、併し信ずべき筋の報道によると国務省ではシャーマン博士を駐日大使に任命する件を考慮中だという当地外交界では日本政府がシャーマン博士の駐日大使たることに反対するであろうという東京からの報道に驚いて居る 同博士は一般に新日家として知られ渋沢子の主張する日米委員会設置案に対しても賛成して居る。同博士は日本の対支二十一ヶ条要求問題については公然日本の態度を非難して居るが併し博士の見解は同情的のものと思われていた、又博士は東洋人移民制限を主張して居るが併し同問題は友誼的協調的精神を以て処理しなければならぬと思惟して居る、国務省では日本の対米時局が頗る重大な事実に鑑みウッヅ大使の後任者を速に任命しなければならぬものと思惟しシャーマン博士を以て 最も適当な候補者の一人であると看做して居る、博士は曾てコーネル大学総長として多数の日本人留学生を薫陶したことあり、日…

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