渋沢栄一 LOD ビューア

タイムライン

1919-08-29

◆ 3ソース横断年譜 1事業 1新聞 1
表示範囲:渋沢栄一関連のみ (3)全項目 (4)既定では、同時代の日記(黒田・井深・久米・捃拾帖)は渋沢栄一が登場する項目のみ表示します
共通キーワード (複数ソースに登場)
二松義会評議員会是年六月二十五日財団法人二松学舎十月一日就任同日文部大臣改正寄付行為二松義会並其認可付則合併改組是日

年譜 (1)

DK450215k詳細

是年六月二十五日二松義会評議員会を開催、二松義会並に二松学舎を合併し、新に財団法人二松学舎改組するの件を議決、同日文部大臣に申請す。是日其認可を得、改正寄付行為付則に基き、栄一、新に舎長・理事に選任せられ、十月一日就任す。

是年六月二十五日二松義会評議員会を開催、二松義会並に二松学舎を合併し、新に財団法人二松学舎改組するの件を議決、同日文部大臣に申請す。是日其認可を得、改正寄付行為付則に基き、栄一、新に舎長・理事に選任せられ、十月一日就任す。

第45巻p.568-p.572

事業 (1)

J-0930詳細

財団法人二松学舎

是年六月二十五日二松義会評議員会を開催、二松義会並に二松学舎を合併し、新に財団法人二松学舎改組するの件を議決、同日文部大臣に申請す。是日其認可を得、改正寄付行為付則に基き、栄一、新に舎長・理事に選任せられ、十月一日就任す。

新聞 (1)

0100157539詳細

労資協調と渋沢男 : 自己の立場を宣明す

労働問題研究会にては二十七日午後六時より公詢社に於て例会を開きたるが席上に於いて渋沢男の為したる演説左の如し(東京電話) 予は先年実業界を隠退するに当り老余の幾年かを経済と道徳の一致貧富懸隔の緩和資本と労働との協調、此三方面に向って択ぐべき覚悟を為したり此内殊に重大なるは労働と資本との協調である、大正五年予は本問題につき銀行集会所に於て労働組合設立の必要を説き渋沢は血迷えりと迄の風評を受けたり而して其後一木水野床次等歴代内閣の当局に向って労働組合の必要を説いたのである、床次氏が今回強調会の設立協議を進めるとは昨年の十月頃からで其時にも世間の所謂流行的組織は別として労働組合は政府も社会も之を認める外なかろう、只其方法としては欧米の状況にも倣い其善悪を克く差別し善いものを認めるが好かろうと語った、之に対し床次氏も不賛成であるとは云わなかった、其後昨年の暮になって強調会の如き中間的のものを設けようと云う相談を受けたので熟考の上共に努力しようと覚悟したのである、全く予が自発的の意見ではない事を茲に明言する、所で各種労働組合を認むる事とすると其結果は同盟罷…

渋沢栄一