渋沢栄一 LOD ビューア

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1919-06-14

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日記 (1)

DKB20004m-0124詳細

六月十四日

六月十四日 土 曇又雨 冷気 午前六時 起床、入浴、朝飧ヲ畢リテ髪ヲ理シ、又、日誌ヲ編成ス、 横 山 徳次郎 氏来リ小倉製鉄所ノ事ヲ告ク、 午前九時 過 春樹街 ニ抵リ書類ヲ調査ス、午飧後、三井同族会ニ抵リ、 団 琢磨 氏ヲ訪ヘ労働問題及各種寄附金ノ事ヲ依頼ス、更ニ三菱会社ニ抵リ 桐島 像一 氏ニ面会シテ同様ノ事ヲ託ス、又、古河鉱業会社ヲ訪問シテ前段ト同シク女学館及女子美術学校ヘノ寄附金ヲ 昆田 文次郎 氏ニ依頼ス、 午後四時 過事務所ニ抵リ、来書ヲ点検シ、来客ニ接ス、 午後六時 明石 ノ宅ニ抵リ祝宴ニ出席ス、家族相会シテ同ク夜飧シ夜 九時半 帰宅、後、新聞紙ヲ一覧ス

團琢磨昆田文次郎明石桐島像一春樹街

新聞 (1)

0100203542詳細

工場法の保護を受けぬ多数の職工徒弟 : 閑却され易い待遇 : 小工場主も考えねばならぬ : 渋沢男爵の談

工場法案の実施から資本家工場主と被傭者職工との間に、悠々と幾分の融利を見るに到ったが、然し少くも工場法の項目に規定する以外の小工場や少数の傭人を抱える小資本家にはこれら所謂工場法の圏外に逸すべき事実の有無はどうであるのか彼等多数の職工、徒弟等の待遇法に遺憾はないか、此問題を如何に解決すべきかに対して渋沢男は斯う語った、『工場法案の実施さるべき以外の小工場は無論却々多い、私も実は之に就て考えても居たので過般八王子の機業地に行って小人数の職工や女工を使役する所は□箇所親しくも見聞したが、私の立寄った所には幸いこの問題に心配する程の事は無かった、一体この工場法が実施されて来たのは最近のことだが実は其以前二年も前に制定されて居た、然し当時紡績業者などから種々の苦情も出て、大部分削除したのもあり謂わば骨抜き法案である、嘗て二十年も以前であった、農商務省に産業調査局か何か設けられ、工場法調査会もあったが、其際は未だ我国は左程大工場もないのに徒らに外国の真似をして法案を設けるにも及ぶまい、尚早であるとは私の意見であった、其の後私は法案調査の特別委員長であったが…

渋沢栄一