渋沢栄一 LOD ビューア

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1915-05-19

◆ 4ソース横断日記 1年譜 2事業 1新聞 1
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明治神宮造営局事務所精養軒上野今西出席協会次官渋沢評議銀行

日記 (1)

DKB20001m-0139詳細

五月十九日

五月十九日 水 曇、 午前七時 起床、入浴、朝飧ヲ畢リ、正業新聞社 高木 氏ノ来訪ニ接ス、又、 青柳 有美 、 川越 喜多院、 山田 新一郎 氏等ノ来訪アリ、 午前十時 頃 女子大学 ニ抵リ、 森村 、 成瀬 氏等ト基金募集ノ事ヲ協議ス、 十一時半 事務所ニ於テ 今西 兼二 、 木下 英太郎 二氏来訪ニ接ス、後、庶務ヲ整理シ、 一時 第一銀行 ニ抵リテ午飧ス、 一時半 慈恵会総会ニ出席ス、 有栖川宮 妃殿下臨場アリ、総会畢リテ各病室ヲ一覧シ、 芝 離宮ニ於テ 茶菓ヲ下賜セラル、 四時 逓信省ニ抵リ、 湯河 次官ニ面会シテタコマ航路ノ件及非常警報設備ノ件ニ付談話ス、 五時 浜町 宅ニ立寄リ、 六時 常盤屋ニ抵リ 横山 章 氏ノ招宴ニ出席ス、種々ノ余興アリ、 八時 過退席シテ 上野 精養軒 ニ抵リ帰一協会出席ス、夜 十時 散会帰宿ス、後、新聞紙類ヲ一覧ス (欄外) [ 頭本 元貞 氏来リ国際通信社ノ事ニ付意見ヲ陳述セラル

今西兼二山田新一郎成瀬有栖川宮上野川越浜町

年譜 (2)

DK410119k詳細

是日栄一、内閣より明治神宮造営局評議委員を委嘱せらる。同十三年十二月二十日造営局官制改正により、評議委員廃止せらる。

是日栄一、内閣より明治神宮造営局評議委員を委嘱せらる。同十三年十二月二十日造営局官制改正により、評議委員廃止せらる。

第41巻p.588-p.590
DK460142k詳細

是日、上野精養軒に於て、当協会例会開かれ、栄一出席して決議案を議す。六月二十九日、渋沢事務所に於て当協会幹事会開かれ、栄一出席す。

是日、上野精養軒に於て、当協会例会開かれ、栄一出席して決議案を議す。六月二十九日、渋沢事務所に於て当協会幹事会開かれ、栄一出席す。

第46巻p.591-p.594

事業 (1)

J-0732詳細

明治神宮造営局

新聞 (1)

0100068141詳細

蚕糸会社評議員会 : 会社存廃に関し二新案提出さる : 帝国蚕糸会社解散

帝国蚕糸株式会社にては十七日午後二時より横浜銀行集会所に於て評議員会を開催したるが出席者は重役全部(小野氏欠席)評議員十発名にて主務省よりは上山農商務次官今西技師相談役渋沢男爵芳川理事等臨席原氏座長の許に開会せられ原氏は先ず会社創立前後の糸況一般を記したる左記の報告書を配布して報告に代え終って蚕糸会社の今後採るべき善後策に就き重役を代表して左の如く述べたり 帝国蚕糸会社が将来の如く今後も継続して基本能産行を為さんには其資力募少にして力足らず其遺憾なきを期するには少なくとも一千万円の資金を要する次第なるが其補給の途あるに於ては敢へて此□会社の解散を為すべき理由なきも然らざるに於ては更らに適当なる方法を講ずるの要ありと述べたるに評議員中より左の二案提出されたり 第一条、会社の事業を従来のまま徴収し其残存資金を以て買収の必要ありと臨むる時は随時に買収せんとするものにして 第二案は会社を解散し其資金を以て更に別個の救済方法を設くべし との説なるも右に就ては別段具体的成案なきが如く之を要するに適当なる方法を講究して蚕糸会社に代へんとするものの如くなりし…

渋沢栄一