渋沢栄一 LOD ビューア

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1915-04-03

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家系碑除幕式揮毫是日栄一祝辞神田蟹江須成

日記 (1)

DKB20001m-0093詳細

四月三日

四月三日 土 朝来雲深ク天雨ナラントス、 午前七時 起床、入浴シテ、朝飧ス、 伊東 守松 氏、 中井 己次郎 氏《( 中井 巳治郎 氏)》、其他数人来訪ス、 神田 鐳蔵 氏来リテ 蟹江 行ノ手順ヲ談ス、 午前九時 過 名古屋 停車場ニ抵リ 蟹江 ニ赴ク、 神田家系碑除幕式ノ為メナリ、 松井 知事、 阪本 市長、其他地友《(方カ)》ノ人士多数来聚ス、 蟹江 停車場ヨリ自働車ニテ 須成村 ニ抵リテ 神田 氏旧宅ニ於テ小憩ス、夫ヨリ人車ニテ建碑ノ場処ニ抵ル、一寺院中ニ小公園ヲ設ケテ建碑スルナリ、雨天ナカラ来会者多人数アリ、式場ニ於テ一場ノ祝辞演説ヲ為ス、知事、市長相次テ演説アリ、式畢リテ園中ニテ立食ス、畢テ再ヒ 蟹江 ヨリ 名古屋 ニ抵リ、 一時 過発ノ汽車ニテ 大阪 ニ向フ、汽車 大津 ニ到レル頃 大阪 時事新聞記者来《(報)》リテ時事ヲ問ハル、 京都 ニテ 中川 氏等来リ迎フ、 午後八時 頃 大阪 ヲ通過ス、 明石 夫妻其他大阪支店長以下来リ迎フ、 明石 夫婦ト相携ヘテ住吉ニ抵リ 明石 氏ノ寓居ニ投宿ス

中井己次郎中井巳治郎中川伊東守松京都名古屋大津大阪

年譜 (1)

DK490075k詳細

是より先栄一神田〓蔵家の家系碑の題字を揮毫す。是日、愛知県海東郡蟹江町大字須成に於て除幕式挙行せらる。栄一出席して祝辞を述ぶ。

是より先栄一神田〓蔵家の家系碑の題字を揮毫す。是日、愛知県海東郡蟹江町大字須成に於て除幕式挙行せらる。栄一出席して祝辞を述ぶ。

第49巻p.238

事業 (1)

J-1222詳細

神田家系碑除幕式

是日栄一、埼玉県大里郡八基尋常高等小学校元校長望月久知報徳碑の撰文並に揮毫をなす。

新聞 (1)

0100216031詳細

調節米買上高 : 買上米の不公平

正米の買上高 政府が米価調節の為に三月十一日前後正米の買上げに着手して以来同月二十六日深川市場にて掉尾の買上げを試みたる迄に深川兵庫の両正米市場に於て政府の実米買入高十八万石と称せられ其内訳兵庫六万石東京十二万石との計算なれど右以外表立たざる買入れ米亦少からず即ち一種の相対売買とも見るべき政府と政府の指定御用商人との間に御用商人の抱ける実米を直接政府の買上げたる石高の推算十六七万石に上るが故に政府の買上米は事実三十四五万石に達すべしと目さる 政府の御用商人 而して政府の御用を奉じて実米の買上げに従事するものは上原豊吉氏の支配する渋沢商店(作太郎氏)にして之に同店の系統と目すべき木徳事木村徳兵衛氏を始め前きの増田商店支配人たりし辻仁作氏及び加藤由太郎、江坂寅吉の両氏を合せ都合五名の専有に属す此内江坂、加藤の両氏と原伊三郎氏の三名は主として買上米の品質下検査に従事し此下検査を更に三宅保之助、大久保忠太郎(増田商店支配人)の両氏が大蔵省の嘱託鑑定人として再検査する事となり居れり尚お兵庫に於ける正米の買入人も渋沢商店の主として用達する所に係れりと云…

渋沢栄一