渋沢栄一 LOD ビューア

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1908-06-05

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日英水力電気株式三井集会所創立協議是日栄一

日記 (1)

DKB10016m-0157詳細

六月五日

六月五日 晴 暖 午前六時半 起床、入浴シ、畢テ朝飧ヲ食ス、食後相場駒次氏ノ来訪ニ接シ又 馬淵生 ト面話ス、後、 安達 、 大草 二氏来リ、養育院幼童別置ノ土地家屋《(マヽ)》ヲ本願寺所有ノモノニ付協議ス、 尾高 次郎 来話ス、 午前十時 女子大学 ニ抵リ、 四十年 度ノ決算及 四十一年 度収支予算ノ事及大学全体ノ経済、其他帳簿編製等ノ事ヲ評議員会ニ於テ協議ス、畢テ毎月会ヲ開ク、午飧後、 二時 三井集会所ニ抵リ、日英水力電気会社ノ事ニ関シ株式勧募ノ事ヲ談ス、 五時 兜町 事務所ニ抵リ事務ヲ処理ス、夕 七時 王子 ニ帰宿ス、夜、雑誌類ヲ一読ス

大草安達尾高次郎馬淵生日本橋兜町王子

年譜 (1)

DK130009k詳細

是より先三十九年二月、園田孝吉・伯爵副島道正等、英国ホワイト商会外二三の資本家より成るシンジケートと共に日英両国人共同にて日本に於て水力電気事業を起さんとし、調査の結果大井川を有望と認め其水利権を得。進んで右日英共同会社の水利権の譲渡を受け

是より先三十九年二月、園田孝吉・伯爵副島道正等、英国ホワイト商会外二三の資本家より成るシンジケートと共に日英両国人共同にて日本に於て水力電気事業を起さんとし、調査の結果大井川を有望と認め其水利権を得。進んで右日英共同会社の水利権の譲渡を受け、更に発起人を加へて日英水力電気株式会社を創立せんとし、是日三井集会所に於て京浜実業家を招き会社設立協議会を開く。栄一、松方・井上両侯の勧誘により此席に列し、創立発起人となる。其後栄一明治四十二年六月に至る迄創立委員として其準備に参与し、尽力する所多かりしも、資金の調達、工事の引受方法等に問題起りて成立に到らず、解散せり。

第13巻p.43-p.65

事業 (1)

J-0263詳細

日英水力電気株式会社

是日、名古屋商業会議所に於て、当会社創立総会を開き、重役の選任を行ふ。栄一相談役に推薦せらる。同四十一年八月に至り辞任す。