一日
- 日付
- 1924-8-1(day)
説明
一日 (金) 午前十一時 田島 助役来約(事務所) 午後三時 故 田尻 稲次郎 氏追悼会(偕行社) 午后六時 金野 貞治 氏来約( アスカ山 ) 午後八時 東京 日日新聞記者 山浦 氏来約( アスカ山 )
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一日 (金)
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是日、九段偕行社に於て、故田尻稲次郎追悼会催さる。栄一出席して、発起人として追悼演説をなす。
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詳細 - 井深1924-8-1〔大正13年(1924年)8月1日〕
八月一日(金) 曇 午前、S S講習会ニ往キ川添氏最終ノ講演ヲ聞ク。 帰途、同氏ノ旅館ニ往キ、神学部ト神学社トノ合同ノ見込ナキ時ハ、此際大ニ我ガ学部ト教会トノ関係ヲ密ニスルコトヲ図ルト同時ニ、十年乃至十五年位ニ自給独立スルノ計画ヲ立テヽ両ミシヨンボールドト協議スベキ意見ヲ述ブ。 午後、田川氏来訪、過日植村氏ト会見ノ模様ヲ語ル。大体過日ノ談話ト同様ナリ。但未タ全ク合同ヲ拒絶シタルニモ非ルモ、実際ハ打切ノ形ナリ。田川氏ハ更ニ別案ヲ基礎トシテ交渉スルモ亦一策ナラント云ヘリ。田川氏ノ話ニ、高倉氏ハ初メヨリ合併論ニテ、神学社ノ招聘モ之ヲソノ条件トシテ応ゼントシタリ。植村氏ハ夫レ為ニ態々高倉氏ヲ故郷綾部ニ訪ヒ、漸ク兎モ角モ一学期間ダケ神学社ヲ助ルコトトナレリ。但シ高倉氏ハ今ハ宣教師ヲ理事ニ加ヘザルヲ条件トナス由。植村氏ハ最初ハ之ニ対シテ異議ナカリシガ、今日ハ同説ナリ。但教授中ニ加フルハ異議ナシトノコトナリ。
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