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日記DiaryEntryDKB20005m-0003

一月三日

日付
1920-1-3(day)
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説明

一月三日 土 晴 風ナク寒威強カラス 午前八時 起床、入浴シテ直ニ朝飧ヲ畢リ、昨日ト同ク諸方ヨリ来訪ノ年賀客ニ接ス、午飧前後ニ於テ来客殊ニ多シ、 午後五時 頃ヨリ 穂積 重遠 、同 律之助 、 徳川 武定 氏等来ル、蓋シ 律之助 ト 武定 トハ 呉 鎮守府勤務ナルモ、新年ノ休暇ニヨリテ出京セシ由ニ付一夕ノ小宴ヲ設ケテ招集シタルナリ、依テ 武之助 、 正雄 、 明石 照男 モ来会ノ筈ナリシモ 明石 ハ遅刻シ、他ノ数氏相会シテ旧ヲ話シ新ヲ談シテ一同興ニ入リ、夜 十時 頃マテ談話尽キサリキ、殊ニ 徳川 武定 氏ハ 昭武 氏ノ嗣子ニシテ、 昭武 氏ハ維新前即 慶応三年 仏国 大博覧会ニ 徳川 幕府ノ大使トシテ派遣セラレ、余ハ之レカ随行員トシテ附属シ、 仏国 滞在中本国ノ政変アリテ種々ノ艱難ヲ嘗メタル事アリシヲ以テ、余ハ往事ヲ子弟ニ談シテ懐旧ノ念深カリキ、夜 十時 過散会、後、新聞紙類ヲ一覧ス

現代語訳

午前八時、起床。入浴してすぐに朝食を済ませ、昨日と同じく、各方面から来訪した年賀の客に応接した。昼食の前後には、来客が特に多かった。

午後五時頃から、穂積重遠、同律之助、徳川武定氏らが来た。律之助と武定とは呉鎮守府勤務であるが、新年の休暇により上京したとのことなので、一夕の小宴を設けて招いたのである。そこで武之助、正雄、明石照男も来会するはずであったが、明石は遅刻し、他の数氏が集まって、昔のことや近況を語り合い、一同大いに興に入り、夜十時頃まで話が尽きなかった。

特に徳川武定氏は昭武氏の嗣子であり、昭武氏は維新前、すなわち慶応三年、フランス大博覧会に徳川幕府の大使として派遣され、私はその随行員として同行した。フランス滞在中に本国の政変があり、種々の艱難を経験したことがあったので、私は往事を子弟に語り、懐旧の念が深かった。

夜十時過ぎに散会。その後、新聞類に目を通した。

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見出し

一月三日 土 晴 風ナク寒威強カラス

言及場所

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