渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB20002m-0001

一月一日

日付
1917-1-1(day)

説明

一月一日 月 快晴 寒 午前七時 起床、直ニ入浴シテ新衣ヲ着ケ、 八時半 祝杯ヲ挙テ雑煮餅ヲ食ス、但、家人ハ昨朝 明石 静子 ○ 照男 長女ノ大患ノ報ヲ得タルニヨリ 京都 ニ赴クヲ以テ、新年ノ祝賀ヲ為スモノハ単ニ 竹子 アルノミナリキ、朝食後、家内男女一同ノ祝賀ヲ受ク、 午前十時 兜町 事務所ニ抵リテ同所員ノ祝賀ヲ受ケ、更ニ 第一銀行 ニ於テ行員一同ノ祝賀ヲ受ケ祝杯ヲ挙ケ、課長以上ノ行員ニ対シテ訓示ヲ為ス、畢テ再ビ事務所ニ於テ親戚其他来訪人ノ賀詞ヲ受ク、午飧ハ同所ニ於テ、 重遠 、 希一 、 敬三 、 信雄 、 智雄 等ト共ニシテ後、 牛込 穂積 邸ヲ訪ヘ 歌子 以下孫児女ト款話シテ、更ニ 阪谷 邸ヲ訪フ、 芳郎 夫妻及孫児女等ト新年ヲ賀シ、後、 阪谷 ト日米関係ノ事及 支那 ニ関スル経済談ヲ為ス、夕 六時 帰宿、夜飧後、種々ノ書類ヲ検閲ス、又、新聞紙雑誌類ヲ一読ス、夜 十一時 就寝 (欄外) ■■[img図]〓■昨年本日ハ 米国 ヨリノ帰途太平洋中ニ於テ、地洋丸甲板上ニ 鈴木 文治 氏ト初日ノ出ヲ拝シ、将来我邦ノ社会政策ニ付テ談論シタリキ

現代語訳

午前七時、起床。すぐに入浴して新しい衣服を着た。

午前八時半、祝杯を挙げて雑煮餅を食べた。ただし、家人は昨朝、明石静子(照男の長女)が重病であるとの知らせを受け、京都へ赴いたため、新年の祝賀をする者は竹子一人だけであった。

朝食後、家内の男女一同から祝賀を受けた。

午前十時、兜町の事務所に着き、同所の員から祝賀を受け、さらに第一銀行で行員一同から祝賀を受けて祝杯を挙げ、課長以上の行員に対して訓示をした。

終わって再び事務所で、親戚その他の来訪者から賀詞を受けた。昼食は同所で、重遠、希一、敬三、信雄、智雄らと共にした。

その後、牛込の穂積邸を訪ね、歌子以下の孫たちと親しく話し、さらに阪谷邸を訪問した。芳郎夫妻および孫たちと新年を祝い、その後、阪谷と日米関係のこと、および支那に関する経済の話をした。

午後六時、帰宅。夕食後、種々の書類を閲覧した。また、新聞紙や雑誌類を一読した。

午後十一時、就寝。

(欄外)

昨年の本日は、米国からの帰途、太平洋上で地洋丸の甲板において、鈴木文治氏と初日の出を拝し、将来の我が国の社会政策について談論した。

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一月一日 月 快晴 寒

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