十月二十九日
- 日付
- 1915-10-29(day)
説明
十月二十九日 金曜重複 晴、 午前七時 起床、入浴シテ、甲板上ヲ散歩ス、朝飧後、昨日来取リ掛リタル渡米理由ノ起草ヲ継続ス、 午前十一時 甲板上運動会アリテ参観ス、午飧後、又、理由書ノ起草ニ勉メ午後脱稿ス、後、日記ヲ編成ス、又、原稿ヲ浄写ス 此日ハ 廿九日 ノ再来スルモノニテ東ニ向テ〓行スレハ地球ノ運転上必スアルヘキ筈ナリト云フ、夜飧後、遊戯ニ消閑ス、夜 十二時 就寝ス ○ 十月二十九日 重複ハ 三十一日 ニ続ク感想録欄ニ記入シアルモ、刊行ニ当リ日次ニ従ツテココニオク
現代語訳
晴れ。
午前七時起床。入浴して、甲板上を散歩する。朝食後、昨日から取りかかっていた渡米理由書の起草を続ける。
午前十一時、甲板上で運動会があり、参観する。昼食後、また理由書の起草に努め、午後に脱稿する。その後、日記を整理し、また原稿を浄書する。
この日は二十九日が再来したもので、東に向かって航行すれば、地球の運転上、必ずあるはずのことだという。夕食後、遊戯をして暇を過ごす。夜十二時就寝。
○十月二十九日の重複は、三十一日に続く感想録欄に記入してあるが、刊行に当たり、日次に従ってここに置く。
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見出し
十月二十九日 金曜重複
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十月二十九日(金) 午前九時前、神学部ニ於テスピヤー氏ノ簡単ナル講話アリ。 九時過ヨリ理事室ニ於テ常務理事トスピヤー、チヤンバレン両氏並ニヒル氏ト会見シ、明治学院高等部ノ事、基督[教]大学ノコトニ付協議ヲナス。 午後ハバプチスト派ノ人々ヲ加ヘテ会見シ、夫レヨリ新礼拝堂及高等部講堂ノ定礎式ヲ挙ク。スピヤー氏、礼拝堂ノ礎ヲ据ヘ、チヤンバレン氏ハ高等学部ノヲ据ヘ、各々演説、祈祷ヲ為ス。職員生徒一同、式ニ参列。晴天ニテ一同歓喜感謝シタリ。 引続キランデス氏方ニ於テ歓迎会アリ。 夜ハライシヤー氏方ニ於テ、基[督]教大学ニ付協議ヲナシタレトモ、青山学院ハ到底合同ノ意志ナキコト顕ハレタリ。
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1915(大正4) 年10月29日 Friday
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