渋沢栄一 LOD ビューア
日記DiaryEntryDKB10009m-0032

二月一日

日付
1900-2-1(day)

説明

二月一日 午前数多ノ来人ニ接ス、午後 第一銀行 ニ抵リ重役会ヲ開ク、 二時 日本橋倶楽部ニ抵リ京釜鉄道会社発起人会ヲ開ク、議長トナリテ議事ヲ整理ス、最初 尾崎 氏ヨリ韓国政府トノ交渉ニ関シ許可ヲ得ルニ至ルマテノ顚末及本鉄道将来ノ見込ニ付テノ意見等二十九年来ノ経歴ヲ述フ、次ニ 大江 卓 氏ヨリ線路踏査ニ関スル手続キ及布設工費ノ概算、営業収支ノ予算等マテ詳細ニ報告ス、自分ハ参考トシテ京仁鉄道ノ工事顚末及開業後ノ収支実況ヨリ将来ノ見込マテヲ陳述ス、畢テ本日ノ議事ニ移リ 竹内 綱 氏説明員トナリテ逐条ヲ審議シ、一二字ノ修正ニ止リ総テ議案ヲ決定ス、 午後六時 散宴ス、創立委員ノ人員ハ十三名トシ其撰挙ハ議長指名トシ、内 渋沢 君ハ委員タルヘキ事ト定メタシトノ動議ハ満場ノ賛成( 柴原 和 氏ノ発議)ニテ決定ス、依テ散会後ニ十名ノ委員ヲ指定シ、他ノ三名ハ追テ 京坂 地方等ニ必要アル場合ニ撰挙スヘキモノトシテ委員会ヲモ散シタリ、夜 六時半 浜町 宅ニ帰宿ス

現代語訳

午前、多数の来訪者に面会した。午後、第一銀行に行き、重役会を開いた。

午後二時、日本橋倶楽部に行き、京釜鉄道会社発起人会を開いた。議長となって議事を進行した。

最初に尾崎氏から、韓国政府との交渉に関して許可を得るに至るまでの経緯、および本鉄道の将来の見込みについての意見など、二十九年以来の経緯が述べられた。次に大江卓氏から、線路踏査に関する手続き、布設工費の概算、営業収支の予算などまで、詳細な報告があった。自分は参考として、京仁鉄道の工事の経緯、および開業後の収支の実情から将来の見込みまでを述べた。

終わって本日の議事に移り、竹内綱氏が説明員となって逐条審議し、一、二字の修正にとどめて、すべての議案を決定した。

午後六時に散会した。創立委員の人数は十三名とし、その選挙は議長指名とし、そのうち渋沢君は委員とすることに定めたいとの動議は、満場の賛成(柴原和氏の発議)で決定した。そこで散会後に十名の委員を指定し、他の三名は追って京坂地方などで必要がある場合に選挙するものとして、委員会も散会した。

夜六時半、浜町宅に帰宿した。

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言及場所

典拠・外部リンク

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