是日、栄一四男正雄欧米旅行の途につき、昭和二年五月十二日帰国す。同日飛鳥山邸に於て、歓迎会開かれ、栄一出席す。
- 日付
- 1926-9-10(day)
- 時代区分(原文)
- 家庭生活/同族・親族/同族
- 和暦
- 1926年 (大正15)
- 伝記資料 階層
- 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 > 3部 身辺 > 1章 家庭生活 > 1節 同族・親族 > 1款 同族
- 巻
- 第57巻
- 頁
- p.43-p.45
伝記資料 本文
この綱文の根拠となる出典史料の本文 4 件
集会日時通知表 大正一五年
第57巻 p.44集会日時通知表 大正一五年 (渋沢子爵家所蔵) 八月三十日 月 午後六時 渋沢正雄・渡辺得男両氏送別会(常盤屋) 八月卅一日 火 午后三時 渋沢正雄氏催茶話会(飛鳥山邸) ○中略。 九月十日 金 午前九時半 渋沢正雄様海外旅行の為御出発(東京駅発)
(増田明六) 日誌 大正一五年
第57巻 p.44(増田明六) 日誌 大正一五年 (増田正純氏所蔵) 八月三十日 月 晴 出勤 ○上略 〃 ○午後六時半丸の内常盤家ニ於ける同族会主催の渋沢正雄氏の送別会兼渡辺得男氏送別ニ列席す、此席ニハ第一銀行佐々木頭取、西園寺・杉田両取締役も参列せられたり ○下略 ○中略。 九月十日 金 晴 欠勤 今朝九時三十分渋沢正雄氏欧米旅行の為め東京駅を出発せらる ○下略
集会日時通知表 昭和二年
第57巻 p.44集会日時通知表 昭和二年 (渋沢子爵家所蔵) 五月十二日 木 午後五時頃 渋沢正雄様欧米旅行より御帰朝(東京駅着) 夕刻 渋沢正雄氏歓迎午餐会(飛鳥山邸)
(増田明六) 日誌 昭和二年
第57巻 p.44-45(増田明六) 日誌 昭和二年 (増田正純氏所蔵) 五月十日 火 晴 出勤 ○上略 午後八時飛鳥山邸ニ令夫人拝訪、明後日帰朝せらるゝ渋沢正雄殿帰朝歓迎の方法ニ付き御協議した、大体如左 上陸の時刻は午後一時横浜港外着二時半上陸、夫より四時迄横浜ニ在りて同地出迎人と会談、休憩所ニてシヤンパンを揚くる(休憩所ハメリケン波止場入口明治食堂を当て、其処で出迎人と共ニ祝杯を揚く) 午後凡四時少し過き電車ニて出発、午後五時東京駅帰着 横浜ニ於ける乗物、休憩所準備等ハ一切東京石川島造船所ニて引受ける事 東京駅着午後五時を基礎とし之を変更せさる横浜《(様脱)》ニて調節する事 東京駅より直ニ飛鳥山邸ニ至り子爵同令夫人等と久々ニて会食せらるゝ事 ○中略。 - 第57巻 p.45 -ページ画像 五月十二日 木 晴 出勤 渋沢正雄氏本日無事太洋丸て帰朝せられた、何時ニ上陸せらるゝ哉ニ付き無線電信を発したり、郵船会社ニ照会なとして略予定が出来、左記の通時間割をして出迎の準備をしたのであつた 午後一時横浜港外着 〃 二時半岸壁着 〃 四時頃まで横浜ニて休憩、同地ニ出迎の人々と会し、来会者と共ニシヤンパンを抜く事 此休憩所ハメリケン波止場の入口明治食堂を克《(マヽ)》て出迎人の休憩所としたのであるが、其準備一切ハ東京石川島造船所ニ於て為した、又横浜ニ於ける乗用の自動車も十台程用意して、岸壁と電鉄停留場との間の使用供《(ニ脱)》したのも同社の世話であつた 〃 四時十分頃桜木町を電車ニて出発 〃 五時東京駅着、出迎人ニ挨拶の上直ニ飛鳥山邸ニ赴かるゝ事 此日正雄氏令夫人は御子様を伴ひ横浜ニ出迎はれた、事務所より渋沢敬三・渡辺得男両氏並井田善之助氏が同地迄出張出迎へ、同時ニ帰京せられた 総てが予定の通都合克進行して、八ケ月振りて元気の顔を車窓から出され一同の出迎を受けられ、挨拶の後、令夫人・令息・令嬢と自動車ニ同乗、直ニ飛鳥山邸ニ赴かれた 飛鳥山邸ニてハ前日来令夫人が種々準備ニ心を尽されて、今日の芽出度正雄氏の帰朝を子爵と共ニ迎はれたのである、来会の人々は子爵・同令夫人を始め穂積歌子令夫人・渋沢武之助氏・同令夫人・明石照男氏、同令夫人・渋沢秀雄氏・渋沢敬三氏・池田勝吉男の令夫人・佐藤用能子氏と以上各家の令息・令嬢及小生で、主賓たる正雄氏・同令夫人・令息・令嬢を併せて二十数人食卓を囲ミて、鰻の箱入と吸物と野菜の甘煮との御馳走を喰へつゝ、正雄氏の視察談を聴取した、食後ニ子爵の松平楽翁公ニ関する談話があつて、正雄氏の視察談も止めとなつて一同謹聴し、御子供様達は眠気を催うするニ至つた、午後九時半芽出度一同退散ニ及んだ ○下略 ○中略。 六月八日 水 晴 出勤 ○上略 午後六時上の台渋沢秀雄氏宅で、先般帰朝の渋沢正雄・渡辺得男両氏の帰朝歓迎会が催され、事務処員も招かれて御相伴をした、会したのは右両氏の外武之助氏・明石氏・白石氏・小畑氏及小生であつた、十一時半帰宅 ○下略
同日の他の記事
1926-9-10 の他のソース・他のエントリ
- 日記1926-9-10十日
十日 (金) 午前八時 永野 護 氏来約( アスカ山 ) 午前八時 中外商業新報記者来約( アスカ山 ) 午前九時 柴田 徳次郎 氏来約( アスカ山 ) 午前九時 バートン ・ クレーン 氏、 小畑 久五郎 氏来約( アスカ山 ) 午前九半時 渋沢 正雄 様海外旅行の為御出発( 東京 駅発) 午后三時 聖堂復興期成会理事会(貴族院議長官舎) 午後四・五〇 御出勤(事ム所)
詳細 - 年譜1926-9-10第39巻
是日、ジャパン・アドヴァタイザー記者バートン・クレーン、飛鳥山邸に来訪し、栄一、談話を口授す。
詳細 - 年譜1926-9-10第44巻
是日、当会の評議会に於て、栄一、名誉会員に推さる。
詳細 - 井深1926-9-10〔大正15年(1926年)9月10日〕
九月十日(金) 晴 ピウリングソン、グリーン二嬢、日光見物ノ案内役トシテ花子今朝出発ニ付、上野駅迄見送ル。午前七時五十分ノ列車ニテ出発セリ。上天気ナレトモ朝ヨリ中々暑シ。正午ニハ八十七度ナリ。 大町咲子来訪、子供ヲ聖心女学院へ入学セシムル旨ヲ語ル。 午後、中山昌樹、石橋近三両氏来訪。高等学部講堂ノ為、地塩世光ノ四字ヲ揮毫センコトヲ需ム。 夜ニ入リライシヤワー氏来訪、先日ノ軽井沢協議会ニ於ケル多田氏ノ意見ニ付疑義ヲ質問ニ来ル。即チ同氏ガ教会ノ補助ヲ要セズト云ヒシハ如何ナル意義ナルカト云フニアリ。
詳細